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メディチ家礼拝堂

(2018-12-04)
    (写真はメディチ家礼拝堂の内部の大理石装飾。花びらのグラデーション、立体感まで表現したかのような大理石の象嵌。その色合いの大理石を探してくることからしてどれだけの労力が必要なことか。)

    12月2日、日曜日。帳簿の撮影、会計データの入力、そしてこの2週間はこれまで撮り貯めた約7万枚の写真の管理で根を詰めた日々を過ごしていたので、一段落したこの日、気分転換にフィレンツェのメディチ家礼拝堂を見に出かけました。毎月、第一日曜日は、国立の美術館・博物館は参観料が無料(イタリア人だけでなく外国からの観光客にも)になります。メディチ家礼拝堂は日曜日も開くのに、その東側に隣接している同じメディチ家の菩提寺(仏教ではないので違和感のある言い方ですが、他に適当な言葉を思いつきません)のサン・ロレンツォ教会は日曜は休館日です。どちらの建物も外観は簡素で、有名なドゥオーモのサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会の外観と比較すると、見栄えがしません。それで、なかなか、中には入ったことがなかったのです。

1.Pratoからバスでフィレンツェへ

    ここの開館は8:15で17時(改札は16:20で終わり)まで開いています。1時間半もあれば十分だろうと、家のすぐ前のバス停から10時8分の便でフィレンツェに向かいました。日曜日なので高速道路は空いていて20分で終点に到着しました。ところがこの終点です。すでに2年くらい前からフィレンツェでは市街電車の路線工事をしていて、そのあおりで、最近はこのバスが、フィレンツェの表玄関、サンタマリア・ノヴェッラ駅に着かないのです。レオポルド広場というちょっと不便なところに着いてしまい、しかもバスとの通し券にはなっていないので、お目当ての中心部へは切符を買ってトラムに乗り換えるか、歩くかしなければなりません。それで、歩きました。道の方向を間違えてアルノ川の畔にたどり着くと、遠くにあの金細工のお店が並ぶポンテ・ヴェッキオが見えました。そこから、アルノ川を右に見ながらヴェッキオ橋に向かってカッライア橋まで歩くと、ジョギングや夫婦で散歩している人を多く見かけ、カモメも飛んでいました。橋の入り口で左に曲がり、モロ通りを歩いてようやく目的地に辿り着きました。途中で、総菜屋さんを見つけたので、次の機会に寄ってみるのが楽しみです。

2.メディチ家礼拝堂

    日曜日なのに意外と並ぶ人は多くなく、すんなりと入れました。Uffizi美術館も第一日曜日は無料ですが、こちらは列が長くて、入場できるまでが大変かもしれません。

    お目当てはミケランジェロの彫刻です。ミケランジェロの彫刻と言えば、フィレンツェのアッカデミア美術館のダヴィデ像が有名ですが、これは長い列に並んで見たことがあります。他に、ローマのコロッセオから丘を登ったところにあるサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会のモーゼ像、ミラノのスフォルツァ城にあるミケランジェロが盲目になった後、手さぐりで制作したピエタ像、フィレンツェのドゥオーモ博物館のピエタ像、同じくアッカデミア美術館にある沢山の未完成彫刻などを見てきて、ミケランジェロには大変興味がありました。レオナルド・ダ・ヴィンチもそうですが、ミケランジェロも完成にまで至った作品は手がけた作品に比べてその一部にすぎないようです。


    メディチ家礼拝堂(写真の奥に見えるドームはその屋根)には、ミケランジェロの作品である聖具室と彫刻が新聖具室にあります。聖具室には二つあって、ひとつはサン・ロレンツォ教会側から入れるブルネレスキ(あの大きなドゥオーモのクーポラの設計者であり、また彫刻家でもある)が携わった旧聖具室、そして、二つめがこのメディチ家礼拝堂から入る新聖具室(写真の右側の小さなクーポラがその屋根)です(手前の怖いようなぶこつな建物はサン・ロレンツォ教会を正面から見たところ)。

    ミケランジェロはこの新聖具室の建物の内部と彫刻のすべてを統一的に設計しましたが、現実に作られたのは、Giuliano de' Medici duca di NemoursとLorenzo de' Medici duca di Urbinoのお墓で、建物の壁、彫刻、棺が一体となったものです。 Giulianoの彫像下の棺には「夜(Notte)」、「昼(Giorno)」、Lorenzoの彫像下の棺には「黄昏(Crepuscolo)」と「曙(Aurora)」を人間の姿で具象化した彫刻が横たわっています。いずれも、
https://it.wikipedia.org/wiki/Tomba_di_Giuliano_de%27_Medici_duca_di_Nemours
https://it.wikipedia.org/wiki/Tomba_di_Lorenzo_de%27_Medici_duca_di_Urbino
で写真が見られます。
このうち、「夜」と「昼」については動画があります。
https://www.youtube.com/watch?v=M1Kf2mJnowM

    私が彫刻の解説をしても野暮になるだけですので省きますが、それぞれの彫刻の視線の先にあるもの、手に何を持っているか、何かを掴もうとしているか、体の下半身と上体のひねり具合がどうか、何かを象徴する物が添えられていないか、・・・おそろしく多くの要素がこれらの彫刻に埋め込まれていて、結局、多くの点を見過ごしたまま帰ってきてしまいました。もう少し勉強してから再挑戦するつもりです。

    新聖具室はメディチ家礼拝堂のほんの一部。その本体である礼拝堂は、内部がこれまた素晴らしいものです。金銀は使わずにすべて大理石、それも様々な色合いの大理石で、壁、柱のそこここに精密な象嵌を施してあります。技術の粋が惜しげなく注ぎこまれていて、その密度の濃いこと!その作業を思っただけで気が遠くなりそうです。フィレンツェでの必見スポットのひとつではないでしょうか。

3.昼食―モロッコ料理

フィレンツェに行くといつもお昼はきまってここ、モロッコ料理のお店です。Mercato Centrale(中央市場)の裏手の広場に面して駅寄りの場所にあります。モロッコ出身の女性がきびきびと応対してくれます。彼女はイタリア語、英語、モロッコ語を話し、とても愛想がよく、よく気が利きます。いつも頼むメニューはタジン(牛肉、ピセッリ、ポテト入り)、スープ(何かの穀物が入っていてあっさり味)、時々串焼き。スープを頼むと美味しいパンがたっぷりついてきます。それと美味しいのがパテ状のピリ辛調味料。タジンは6ユーロ、スープは2ユーロ。これだけで満腹で、残ったパンは持ち帰ります。
ポテトの下には牛肉がたっぷり。

   昼食を終えてから、ドゥオーモのファサードまで歩きました。今年のクリスマスの飾り付けがどうなっているのか見たかったのです。残念ながら、丁度その直前だったかもしれません。まだ、大きなクリスマス・トゥリーはなく、サン・ロレンツォ教会の前にプレゼーピォ(キリスト生誕の場面をあらわす箱庭みたいなもの)を飾るのではないかと思われるログの小屋があった程度でした。午後2時前というのに太陽は低く、ドゥオーモの正面をそぞろ歩く観光客が石畳の上に長い影を投げかけているのを見ながら、帰路に着きました。
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2018年滞在許可証

(2018-10-31)
10月30日、2月19日に申請した滞在許可証がやっと下りました。でも、どういうわけか家内の分だけ。

1.滞在許可証

     今回の滞在許可証は5回目のものです。1回から4回までは就学VISTO(英語ではVISA)に基づくもの。今回はResidenza ElettivaのVISTOに切り替えて初めての滞在許可証です。この申請については既にこの2月22日のブログに書きました。2月19日の申請の後、5月3日に指紋採取のための警察への出頭をして、ただ待ち続けました。滞在許可証の準備ができたので取りに来るようにという連絡がSMSに入ったのが10月11日、そして今日10月30日に受取に出かけました。申請から8ヶ月、出頭日から5ヶ月過ぎていたわけです。ただし、家内の分だけ。

     滞在許可証の受取は滞在許可証の申請よりずっと大変です。前回はまず私だけ9月25日に受け取り、そして家内が受け取ったのが10月2日でした。聞くも涙、語るも涙の2017年9月と 2017年11月のブログ をご覧ください。この経験を経て、今回は携帯もRILASCIO(交付)の手数料40ユーロの支払済証もしっかり持って出かけました。SMSには10月30日14時26分に来なさいと書かれていましたが、その時刻に行けばすっと建物の中に入れてくれるわけではありません。おそらく100人近くのいろいろな国の出身者が押し合いへし合いしているなか、1時間に10人位ずつしか中に入れてくれないのです。すると、定刻に行ったのでは、その日に警察が閉まる時間には間に合わず、「今日はお終い」と追い返されるだけになってしまいます。追い返されるとどうなるか?翌日に行ってもダメです。約束の日に来なかったということで事後処理の日と決まっている月曜日の午後になってしまうのです。もちろん翌週の月曜日。その月曜日はあぶれた人の処理日ですからより激しい混雑が待っています。でも、この日は時間が遅くなっても珍しく仕事を続けます。8時近くまでやって、なんとか全員に交付しようと頑張ってはくれます。でも、私達もへとへと。でも、このあたりの事情はもう前に書きましたね。あまりに辛いのでまた書いてしまいました。すべてはローマで滞在許可証を集中処理し、各警察へ郵送していることから発生している問題ではないかと思います。すべて繋がっているのですから、各警察署に分散処理させる方法もあるはずですよね。

     それで今日は12時50分に到着し待ちました。今朝は朝雷鳴があり、激しい雨。その後、日差しも出る忙しいお天気。到着したときはそれまで青空が勝っていたのに、次第に灰色の雲も参加してきて、外で待っている間、案の定ときどき降られました。入場は2時40分。2時間弱だからラッキーと言っていいでしょう。今回は列の先頭で待っていたせいか、列への割り込みもなく、皆さん、お行儀がよかった方です。何よりも良かったのは、私にはSMSが来ていなかったので入れて貰えないことも覚悟していたのに、「家内に同伴するんです。Accompagno io a lei.」と言って何とか中に入れたことでした。そして少し待つと、「あなたたちは日本人か?」と聞くので「Si」と答えると、では、こちらの4番の窓口に来なさいと言います。すると、「最近、日本語の勉強はじめたんだ」なんて言ってます。「それじゃ、是非続けてね。」と言うと、ニコッと頷きました。そして、家内の指紋照合。何と、右の中指、左の親指。これで完了!あぁーよかった。これまで、一度で終わったことがないのに、今日はすっきり2回で決めました。上手くいかないときは、世界の苦難を一人で背負って、でも、静かに耐えているという風情の家内で、まるで宗教画のようですが、今回は笑顔がそれに代わりました。次は私の出番。いつもは家内と一緒にSMSの連絡が来るのに今回は来ないのですがと言うと、私のパスポートと書留郵便発送証のコピーをとり、後で連絡するから、ここに電話番号を書いて下さいと言います。電話が来るのは嫌だなんて言ってられませんから、急いで書き込みました。でも、SMSがないのにお咎めもなく入場でき、何らかの処置をしてくれるわけですから、これまでのQUESTURAの印象を書き換えるような出来事だったかもしれません。在日イタリア大使館が本国と連絡を取り合って発行した査証ですから、それを無碍にはできないでしょう。あまり、期待せず、発行の連絡を待ちましょう。

2.イタリアのこれが美味しい

     さて、帰り道、夕飯には間がありましたので、久しぶりにジェラートを食べました。冒頭の写真がそれです。私はイチゴと苦い粒チョコ入りチョコレート、家内はレモンとマローネ(栗)。2ユーロ の小さいカップですが、これで私たちには十分。イチゴとチョコはいつもおいしい無難な組み合わせ。マローネは、じわっと栗味が舌の上に広がり自分の選択をグラつかせるインパクトを持ったおいしさでした。リモーネもいつもの如く爽やかな味です。このジェラテリア(ジェラート屋)は最高!フィレンツェにもないおいしさ。ジェラテリアには葉巻をくわえていればいいような苦虫を噛みつぶしたお爺ちゃんが一人で入ってきたかと思うと、コーンのジェラートをぺろぺろやっていたりして面白い。

     次の写真は上の皿にトゥリッパ(牛の胃をよく煮込んで柔らかくしたものにトマトベースの味付けをしたもの。こちらのマンマはこれを上手に作れるといいマンマになれますよ)とインテグラーレ(全粒粉)の自然発酵酵母パン。下のカップは蕎麦粉(grano saracenoと言うらしい)のパスタとフダン草を煮込んだスープです。イタリア人がお蕎麦を食べるなんて知らなかった。こちらで食べることができるなんて意外で、日本のお蕎麦と同じというわけにはいきませんが、おいしく頂きました。イタリアの人はおいしそうと見れば、しっかり美味しくしてしまうのですね。

食後のデザートは三つ目の写真、Schiacciata all'uva。 Schiacciareは押しつぶすという意味で、スキアッチァータというパンは一年中売っています。踏みつぶしたように平たいパンでオリーブオイルを塗って焼いてあり、ちょっと塩味がついています。こちらのお菓子はこの季節にだけお店に並ぶもので、煮た赤ブドウと白ブドウをパンの中に混ぜ、そして上面にたっぷり載せて焼いたものです。私たちはこれにVin Santoというワインを濃くしたような(16度)リキュールをかけて食べています。いつも行く総菜屋さんで売っていたので、これは種無しのブドウですかと聞くと、NOといい、種入りが伝統的なんだと言ってました。種無しに変えるつもりは頑としてない雰囲気でした。私たちは種入りは苦手なのでCOOPで買ったのがこれです。

今回は仕事の話が出ませんでしたが、pythonの会計システムに二人で入力する作業が少しずつ進みはじめました。まだ、家内に、ここがおかしい、ここが動かないと言われて対応に四苦八苦しながらですが、これを乗り越えないことには人に入力をお願いできませんので、その都度頑張っています。


Pratoに戻りました(2018年9月)

(2018-09-29)
9月28日、日本で過ごした3ヶ月もあっという間に過ぎ、また、Pratoに戻ってきました。(左写真はシャルルドゴール空港のTerminal2F入口付近)

1.山小屋でしたこと(蟻の撃退作業、屋根塗装、ベランダ塗装)。

前回のブログで書いた蟻の撃退作業、結局1000個超の穴をあけ蟻キンチョールを吹込み、そしてステンレスネジで塞ぎました。ドームハウスは5つの5角形の上に5つの6角形が乗り、その天辺に1つの5角形が乗って半球を塞ぐ構造になっています。その5角形と6角形はそれぞれ5枚と6枚の3角形パネルで出来上がっています。すると、5×5+5×6+1×5=60枚の3角形パネルでドームハウスの骨格部が作られていることになります。床面から天辺までは6m位の高さがあり、2階のロフトの床面から脚立を立てると一番高いところに届きます。でも、ロフトは半分だけですので、天井というか壁というかその半分には手が届きません。それで約30枚の3角形パネルに蟻の嫌がる処置を施しました。2m弱ある3角形パネルの一辺に12個の穴をあけると2個の穴は他の辺と共通になるので34個の穴が必要です。すると、34×30=1020、確かにその位穴開け、注入、穴閉じをしたことになります。その結果は?齧る音はほとんど聞こえなくなりました。でも、もう蟻の繁殖期が終わったかもしれませんので、また、来年どうなっているかを観察してみないと結論は出せません。でも、上手く行っていたとすれば、今後さらに20年使い続けることができるかも知れません。そうなるといいのですが。
    その他、これまでと同じように屋根塗装。3角形パネルの7枚分に塗装しました。今年は雨が多く、お天気の機嫌を見ながらやろうとしましたが、最後はもう塗装の後雨が降ってもいいやととにかく塗り上げてしまいました。もうひとつ、ベランダの塗装。これもお天気の都合で、今年は十分塗れませんでした。そこで、プラスティックの波板を組み立てて、弱い部分を覆いました。ベランダの一部の板を取り外して冬を越させますので、そこに水が落ちるようにできます。これは初めての試みですが、来年来た時にどうなっているか。これも期待と不安をかきたてます。
年金生活では大きな出費に耐えにくいので、今のところ自分でメンテナンスしていますが、これも段々辛くなってくるんだろうなと思いながら、それでもなるべく年々楽になるような方法を考えながらやっています。でも、新しい難題がいろいろと起こってきているような気もします。

2.山小屋で家内がやっていたこと(TinyJPGでのファイル圧縮作業)

前回ちょっと書いたTinyJPGでの画像ファイル圧縮。家内が頑張って7月7日から8月30日まで毎日朝から夕方まで作業を続け、これまで撮影した約62000枚のダティーニ帳簿画像の圧縮をやり遂げました。これはなかなか大変なのです。というのはTinyJPGのサイトに一度にアップロードできる画像は20枚という制限があるためで、この20枚ずつの作業のサイクルが長くなく短くもなく中途半端に人手の関与を求めるからです。一度にどっさりアップロードしてほぉったらかしにしておき、しばらく経ったら圧縮されたファイルを一度にダウンロードして、途中は別のことをしているというわけにはいかないのです。大学時代からの友人がpythonのバージョン3.6を使ってこの作業を自動化するプログラムを作ってくれたのですが、私の使っているpython2.7と違っていたので使わせて頂きませんでした。バージョンの違いに悩まされて自分のDatiniシステム構築に専念できなくなることを避けたかったことと、TinyJPGの画像圧縮による劣化が元画像と比較して殆ど差がないほど素晴らしいクオリティだったことから、TinyJPGで通してしまいました。9月5日に実演を見せて貰いましたが、これまた素晴らしい出来で完成度も高くなっていたのですが、残念ながら作業が終わった後でした。ごめんねK君。

作業の結果はめざましく、圧縮前に198GBあったファイルが33.9GBまで小さくなりました。私たちはDatini帳簿をすべて撮影すると1000GBに達すると予想していたのですが、これが実に悩ましいかったのです。というのは画像のアップロード先のWebホスト契約の最大値が500GBのために、1000GBとなると二つのURL(インターネットの住所)に分けて帳簿画像をもつ必要があったのです。でも、これを元画像の17%の170GBに抑えられるとしたら、現在の契約容量で足りることになります。私たちの経済的負担も少なくて済みますし、技術的な問題も付け加わってきません。その他、画像のホストへのアップロード時間がとても短くて済むようになりました。以前は400枚の画像をアップするのに5時間半位かかていたのに、圧縮ファイルでは8分で済んでしまいます。アップロードをしているとき、インターネットで他の作業をすると遅くなるので、夜中にアップロードしたりしていましたが、その必要はなくなります。また、何よりもいいのは将来私たちのシステムを使う人にとってファイルが小さければそれだけ早く画像を見ることができますし、通信トラフィックが小さくて済むので通信料金も少なくて済みます。こんないいことづくめの作業をやり遂げた家内は偉い。そのご褒美は?トルコ産マグロの中トロの手巻き寿司がそれだったかな。

3.帰路(羽田からパリ、乗り継いでフィレンツェへ)

帰路なんて言葉を使ってしまいましたが、日本に3ヶ月、Pratoに9ヶ月という配分なのでこの方が自然な感じになりました。さて、9月25日。出発日の朝起きると航空会社から出発時間が2時間遅れるというメールが入っていました。さらに、この遅れによりパリでの乗り継ぎが間に合わないので、その日の20時50分パリ発だった便を翌日9月26日9時40分発の便に変更しましたので、チェックインして新しい搭乗券を受け取って下さいというメールが届きました。天気予報より早く雨がバシャバシャ降っているし、どうも、ついてないなという感じです。

空の便は遅れると、電車のようにすぐ次の便に乗れるわけではないので、一日の遅れになりがちです。2013年の7月、フィレンツェからの便が風で欠航、ボローニャにバスで移動して翌日出発。その9月今度はミュンヒェン空港からの乗継便の整備が遅れて、一旦搭乗した飛行機から降ろされて3時間程待たされて夜7時半にフィレンツェ着の筈が10時半に、荷物を受け取って帰宅すると夜中になってしまいました。2017年の6月のフィレンツェからの便も強風で欠航、翌日ボローニャから出発ということがありました。そこでルフトハンザ航空の便は風が吹きやすい時間帯なのでこれをエール・フランスに変えて夜遅くフィレンツェを出発する便に変えたのが今年の1月からでした。それなのに、エールフランスでも遅延に見舞われるとは!5年間で6回往復、したがって12回の便のうち4回で遅延や欠航があったというのは輝かしい???事故歴ですね。

パリ・シャルル・ドゴール(CDG)空港に着くのが21時半。そこから翌朝9時40分まで、空港で過ごしていたら、腰がイカレてしまいます。そこで、Air Franceに電話し(こういうときはこれがまたなかなか繋がらない)、他の便で適当なのはないか、ホテルは確保してあるか、自分で確保した場合どのように保証されるか等々聞きました。結局、いい便はなく、案内の通りの便で行くことにし、ホテルの予約は自分でして後から航空会社に請求することにしました。翌朝の搭乗は9時10分からなので2時間の余裕をみると7時前にはホテルを出る必要があります。特に、今回も私たちには滞在許可証が未発行で携帯しているのはその申請書類だけなので、通関でもめる可能性もあります。そこで、空港に近いホテルを探して予約しました。時間が迫る中でのホテル探し、ツイン・ベッドの部屋がなく結局ダブルベッドの部屋で我慢することに。オンラインチェックインはしてあったのですが、その確認証を提示して搭乗券を受け取るという手はずなので、やはり搭乗2時間前に羽田へ向かいました。重い荷物2つを両手に持てば傘はさせません。幸い雨が小降りになりあまり濡れずに恵比寿駅まで到着できました。羽田のチェックインで荷物を預けるときに聞くと、ご自分でホテルを予約した方が確実ですとのこと。まぁ、これも経験のひとつになります。

翌朝4時半、もう浅い眠りを続けても仕方ないと二人で腰痛体操を始めました。1時間弱で終えた後、飛行機に乗ってから食べればいいので、ホテルで焦って朝食をとらなくてもいいのに、食べてしまいました。リンゴの煮つけは甘さが抑えられ、またクロワッサンはフランス流でどちらもおいしかった。チーズもコクがあり旨いのですが、イタリアの方が種類が豊富で好みの合うのを見つけやすい。チェックアウトでの混雑は意外に時間がかかることもあるので、朝食はそこそこ済ませてカウンターへ。航空会社に提出する領収書は正式のものを発行してもらいました。ホテルからターミナルへは昨晩乗ったCDGVALという無料のシャトル便を使えます。第2ターミナル駅に到着すると出発ロビーに近く、また、パスポート・チェックはなく、荷物検査もそれ程厳しくはありませんでした。この点、私たちの限られた経験内のイギリスやドイツの空港と比べてもフランスの方が好感が持てます。結局、出発までにたっぷり時間が生まれたので、CDG空港の配置を究明しておこうと待合室の家内から離れて地図作りに出かけました。

CDG空港は第一、第二、第三ターミナルから成り立っていて、そのうち私たちに関係するのはどうも第二らしいことが分かりました。日本からの到着は2E(この2は第二ターミナルを表すようです。右図上下対称形のうち、赤い気球「Terminal 2」マークの下の部分)。フィレンツェ行きは2F(右図の「Terminal 2」マークの上の部分)からのようです。Air Franceが第二、第三のほとんどを占有している状態です。いつも2Eから2Fへとても長い距離を移動してフィレンツェへの便に乗り継いでいた印象がありますが、第二ターミナルの中だけでの移動だったとは。これで次回からはあまり急がなくても乗り継ぎできます。今回も途中、アルプスが冠雪を減らしてよく見えました。フィレンツェ空港に降りてみると風が強くよく着陸できたなと思う程でした。かなり急ブレーキをかけた着陸でしたので、MACのPCを前の座席に飛ばした人もいたほどです。私も岩波新書とデジカメを前の席まで飛ばしたのに、前の席の初老のイギリス人夫婦に手渡されるまで気が付きませんでしたけどね。

そんなことで、半日遅れでやっとPratoに戻りました。戻るといつものように、水の調達、買い物、散髪。荷物の片づけ。2日経って今日はAir Franceへのクレームの作成(HPのフォームへの入力と領収書の写真添付をして送信するとAir Franceから受信メールが届きます。)。明日からは普通の生活に戻れそうです。今回、フライト遅れによるホテル泊が余分でしたが、朝早く起きてしまったためか、その日の午後は恐ろしく眠かったので午睡し、夜もまぁまぁよく眠れました。そのためか時差の解消が3日目にして完了したようです。そういうメリットでバランスがとれたことにします。また、来年まで落ち着いて仕事に励みましょう。

(右の写真は、今年夏、富士見町のお蕎麦屋さんで頂いた花活け。Pratoの道端で咲いていた花と相性よく、とても可憐。)


欲望の経済史~ルールが変わる時、NHK Eテレ

(2018-08-12)
(写真は2018年6月26日21:30頃、窓から見えた夕陽に光るアルプスの一部。手前の大きな山塊はモンテローザかも。この後しばらくして、客室乗務員に「今はもうフランス上空にいますか」と聞いたら、「機長に聞いてきます」と言ってから戻り、「Dijon上空です」ということでしたから、フィレンツェからディジョンとまっすぐに飛んで、その線上にアルプスの高峰が位置していたことになるのではないかと想像しています。)


8月12日、例年のように3ヶ月の予定で日本に戻ってから、すでにその半分が経過してしまいました。
おかげさまで二人とも元気で、お爺さんはpythonを、お婆さんはTinyJPGでDatini帳簿の写真を最適化してファイルサイズを縮める作業を続けています。このTinyJPGを使うと4000KBの元画像が600KBとおよそ15%くらいになります。するとユーザーがDatiniの画像を見ようとするとき、より短い時間でダウンロードが完了するようになります。さて、

1.NHK、Eテレ、シリーズ 欲望の経済史~ルールが変わる時~1

    つい最近、ある私の敬愛する方が表題のNHKのTV放送があったことを教えてくれました。この番組は今でも、ここ[https://www.youtube.com/watch?v=xNXRtacyquU]をクリックするとご覧になれる筈です。(旨く第1回が現れないときはいろいろ試してみて下さい。)

    この番組は6回シリーズで、その第一回目、「時が富を生む魔術~利子の誕生」のなかに、プラートの国立古文書館が登場します。私たちは昨年2月か3月頃、いつものように古文書館でDatini帳簿を撮影していました。そのとき、日本人取材班とイタリア人通訳、そして、私たちのご指導をしてくれているNigro教授の奥様でフィレンツェ大学准教授のAngela Orlandi先生がどっと現れました。そして、まず閲覧室で何冊か古文書を見せながら説明し、私たちが帰るころには、丸テーブルが置いてある別の部屋でインタビューを受けていました。もちろん、ずっとカメラを回しています。私たちは一目で日本人と分かりますので、折角、中世の街Pratoまで取材に来て日本人がウロチョロしているのは、映像的に美しくないという判断でしょう。私たちは完璧に視界から外されています。Angelaさんが最初に登場する貸付について無利子だった事例の場面では、カメラをもうちょっと左に回せば、私たちが写っていたはず。私たちが話しかけても、NHKのスタッフはちょっと迷惑そうな感じでした。それでも、来年1月には放送の予定だということは聞き出せました。この放送は2018年1月5日のようですから、その後の多くの取材・編集を経て、予定通り放映にこぎつけたことになります。番組では古文書館の外観が写る少し前に、Pratoを囲む城壁の門のひとつが映ります。ここをくぐって300mほど進むと、私たちがPratoに着いて最初に住んだアパートの入り口になります。

    Angela先生はスペイン語の著作もあるだけに、Datini帳簿のなかでも、とりわけ、Barcelona、Valenza、Maiorcaの商館を通じた東スペインでの事業活動に造詣が深く、また、今年5月のDatini週間では「地中海と北海、これを結ぶ人と港のネットワーク」というテーマで講演をされました。前回のブログで大学の先生と学生のbacioに触れましたが、その先生はAngela先生です。2015年の12月にはディナーに招待して頂いたこともあります。天井の高いマンションで壁には大きな絵画が飾られ、お手伝いさんがいて、いろいろなトスカーナ料理をごちそうになりました。?????というパスタ(うーーーん。名前を思い出せない。ネットで検索しても出てこない。断面が丸いうどんに針金をゆるく巻き付けた後、とりのぞいたようなパスタなんだけど。)をそこで初めて食べたこともいい思い出です。私たちは地味だけどギュッと詰まった花束とクッキー(手製ではありません)をお持ちして、一応喜ばれました。そんな先生と古文書館が登場する番組を見て、Pratoがちょっと懐かしくなりました。

2.今年の山小屋のちょっとした異変

これまでになかったような高温のせいでしょうか。今年は黒い大きな蟻が家のなかにも現れています。以前は10mmに達しないような蟻だったのが、今年は20mm近い大きさです。その上、その一族の羽根蟻のようなのもいて、これは30mm位もあります。大きいだけならば、特に気にかけなくてもいいのですが、夜中や明け方近くに、何やらボリボリ、プチプチ木を齧るような音が聞こえてくるのです。今にこの山小屋は蟻に食い尽くされるのかと不安に襲われます。屋根の葺き替え工事をしても、その下のボードまで剥がさなければ中がどう浸食されているかが分かりません。屋根工事、防虫工事とコラボして貰わないと旨くいかないかもしれません。相当な費用をかけても、きっぱり解決するならば、そうするのも一つの方法ですが、かなり研究が必要になりそうです。困りました。

それで、ひとつの方法として、壁や天井にドリルで小さな穴をあけ、その穴からアリ・キンチョールを吹き込ませ、その後、ねじでその穴を塞ぐ方法を考えつきました。昨日から今日まで、80個程穴をあけて、吹き込んでみました。まだ、結果は分かりません。蟻の死骸をあまり見てないので、もしかしたら住み辛くなってこの家から出て行った・・・となってくれたらいいのですが。明日の様子がどうなっているか、気がかりです。この家も築後25年たってあちこち寿命がきています。でも、骨格が蟻に蝕まれるとなると、一部の取り換えや修理では済まなくなってしまいます。それを避けるためにしばらく穴あけ・吹込み・ねじ込みを続けましょう。

(写真はその大きな羽根蟻。確かに蜂ではなさそうです。)


pythonとイタリア式bacio

(2018-06-18)
(写真はあちこち古帳簿を押さえながらの古文書館での写真撮影風景。)

1.Pythonでのシステム構築

6月17日(日)、今日は日がなPythonプログラミング。昨日も一日中プログラミング。Pythonでの帳簿システム構築がある程度人に見て貰えるようになったので、6月6日に古文書館で館長さん、C嬢、スタッフの方達にプレゼンをしました。そして、その1週間後の13日、今度はC女史の家でN教授とF博士にご覧頂きました。

    以前はOOoCalcの表計算ソフトとそのマクロ言語によって、帳簿写真とそれに対応したタイプ起こし文(以下「Trascrizione」と呼びます)と仕訳を見られ、かつ、貸借対照表・損益計算書、その勘定分析、原価分析ができるものでした。ところが、Pythonによる新しいシステムは帳簿写真が見られるほかに、それに対応したMySQLデータベースに蓄えたTrascrizioneと仕訳をインターネット回線を通じて読み書きできます。したがって、今度は数人での共同作業が可能となる画期的システムです。画像写真はデンマークのプロバイダーに、データベースは米国New Jersy州のホスティング・サービスに置いていますので、pythonから見る帳簿写真はデーマークから、仕訳データはアメリカから取り寄せ、合体させて見ていることになります。そんな地球上を半周するような距離を感じさせず、サクサクと気持ちよく動きます。Trascrizioneを私達二人だけでなく、より強力な方たちの力も借りてやれるようにしよう、そしてあと72年間も入力作業をしなくても私たちのDatiniプロジェクトを実現できるようにしようということで、どこまでできるか皆目見当もつかなかったけど兎に角やってみようとOOoという清水の舞台からpythonという地面へ飛び降りたのが去年の12月5日。およそ半年で、まもなく実用になるところまで辿り着けたのはとても幸運でした。ほとんど素人の私にとって技術的に解決が難しい局面に直面することがあっても、pythonコミュニティは層が厚いので、ネット検索で手がかりをつかみ、考え続け、それぞれの問題ごとに眠りの浅い夜を一週間ほど過ごしながら、これまですべての難問を乗り越えることができました。ここまで来れば、後はこれまでの会計ソフト構築のロジックの蓄積が後押ししてくれますから、デッドロックに突き当たらずに済むのではないかと思います。

    そんなわけで、プレゼンはただのプレゼンでなく、私たちのプロジェクトへの勧誘を兼ねたものになります。実際、古文書館でのプレゼンではトスカーナ州の古文書館すべてを統括されているT女史が今年の10月に定年退職されるので、年金生活に入った暁には是非とお願いしました。また、C女史は既に年金生活入りされていますので、一緒に入力作業ができることをとても楽しみにしていますとお願いしました。T女史も、C女史も14世紀のDatini手書文書をバンバン読め、それぞれ沢山の著書、編書がある方ですので、私達の8時間分の仕事を女史ならば1時間でこなしてしまうでしょう。お二人とも、これまで、私達の仕事にエールを送ってきてくれていましたので、嫌だともいえず、むしろ乗り気な手ごたえを感じました。あと5人強力な共同作業者を募り、私達の目の黒いうちに何とかDatini帳簿をくまなく閲覧できるシステムの完成にもっていくつもりです。その大きなステップを踏み出せたような気がします。古文書館のC嬢は25年後、そしてV嬢は30年後に私達のプロジェクトを引き継ぎ発展させてくれるでしょう。C嬢はプレゼンの後、私達それぞれにイタリア式のbacioをしてくれました。


(写真はChiaraとCarlaにbacioの実演をしてもらったところ。今は右、左、そしてもう一度右と3回するのがはやりだとか。)

2.イタリア式bacio

Pratoのチェントロ(旧市街)を歩けば(Pratoだけではないでしょうが)、あちこちでイタリア式bacioに出会います。皆、チェントロをよく散歩しますが、そのお目当てのひとつが、知り合いに会い、bacioをし、話をすることではないかと思います。bacioとは言いながら、挨拶のかたちですから、唇と唇を合わせることはしません(これは恋人同士、夫婦だけ!)。でも、相手の左頬、右頬に唇の端をつけ、若干接吻音も出します。 これは親しい相手同士、女性と女性だけでなく、女性と男性、男性と男性でもbacioします。どうも、この関係に一旦なると、bacioする状況なのにしないと気まずい感じがあります。大学の先生と学生もbacioします。N教授の奥様もフィレンツェ大学の教授ですが、古文書館で授業をすることがあります。そんなとき、この光景がよく見られます。学生を大事にしている感じで、とてもいい雰囲気です。

    私達もこちらに来て4年半。道で行きあってbacioする間柄にある人たちが何人もできました。私達は日本人でbacioに不慣れですから、イタリアの方としても、本当はbacioしたいんだけど、なかなかbacioに踏み切れないという状況があるようです。でも、あの人がbacioしているなら、私もという感じからか、去年あたりからbacioがぐんと増えてきたような気がします。まず、私達の守護神みたいな家族、Cristina, Carlo, Zeno。次にDatini博物館のLida。画家のGustavo。いろいろな意味での先生Mario、その奥さんCarla。Datini財団のSila、Laura。音楽学校Verdiのフルートの先生、Silvia。C(Cavaciocchi)女史、F(Francesco)博士、N(Nigro)教授。状況によってはC(Chiara)嬢。でも、不思議と頻繁に会っていても、金銭関係がある総菜屋の人、銀行、会計士の人とはtuで呼び合う関係であってもbacioしません。街であったらbacioできるよう態勢を整えておく必要がありそうです。下を見て歩いていてはいけませんね。そうすれば、遠くも見ようとしますから、目の疲れもとれます。これだから、生まれ育った街は離れがたいのですね。

3.今日のお買い物

このところ同じようなものばかり買っているなとお思いでしょうが、値段が違っています。パンのデビューは初めてですね。全粒粉の天然酵母パン、今日のは530グラムあって、1.5ユーロ。サクランボ(ciliegia、チリエッジャと読みます)は1kgで3.9ユーロ。オレンジが0.99ユーロ/kg。ネクタリンと黄桃も0.99ユーロ/kg。その他野菜も買って、7.5ユーロ。扁平型の白桃サトゥルノは別のお店で買って、1kg1.5ユーロ。随分値段が安くなり、そしておいしくなっています。

前回の記事のモデナのciliegiaの引き売りは6月10日にPratoに来ました。二通りのciliegiaがあり、赤黒い方はとても甘みがあり、また、日本のサクランボのような色をしたciliegiaは甘みの中に酸味が混じり果肉に張りがあってこれもとてもおいしい。特別措置でIVA(付加価値税)が免除されており、その分安くなっているはずですが、7ユーロ/kgでした。年に一度はこの贅沢をしましょう。でも、今はもう、旬ですのでメルカートのciliegiaで十分おいしく、こちらで満足です。毎日二人でおやつに食べて、5回分くらいかな。




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