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イタリアの付加価値税 IVA ( imposta sul valore aggiunto)

(2019-03-05)
   今日は3月4日、日本の雛祭の翌日。白酒と雛あられなど召し上がりましたか?

   こちらでは、3月2日散髪に行った帰り道、木蓮が見事に咲き誇っていたので、今、撮影してきてアップしたのが左の写真です。画像をダブルクリックすると、拡大写真を見られます。

1.    2月25日、古文書館でちょっといいことがありました。

   館長のレオナルドさんの秘書エリーザさんが、撮影中の私たちのところにやってきて、「帰る前にオフィスに立ち寄って下さい」と言うのです。何かなと思いながら正午頃顔を出すと、この二人のほかに学芸員のキアーラさん、ヴィルジーニャさんもいて、私たちを待っていたようでした。館長さんは何か私たちのお手伝いはできないか、私たちのプロジェクトをもっと早く完成させられるように、古文書館にして欲しいことはありませんかと尋ねてくれました。言ってもらえれば、古文書館で予算請求をして、バックアップしますということです。
   今から考えると、これは私たちが始めたDATINI帳簿の映像化と帳簿内容のデジタル化のプロジェクトを古文書館としても早く完成させたいところだけど、私たちが始めたことに最大限の敬意を払って、私たちからこのプロジェクトの主導権を奪わないかたちで、後援しようという配慮だったんだと思いました。こういうところは、彼らの立派なところです。予算措置は写真撮影と帳簿内容のデジタル化の両方について要求するそうです。でも、ここはイタリア、いつ予算が下りるのかは分かりません。でも、親しくしてくれているクリスティーナとカルロさんにこのことを話したら、びっくりして、予算が下りたら必ず年度内に消化しなければいけないから、かなり、この話は具体的だよと話してくれました。もちろん、私たちには願ってもないお話で、このプロジェクトの完成までの期間を短縮するためならば、何でも大歓迎です。私たちの返事に4人ともとても喜んでくれました。
   Pratoに来てから、5年と3ヶ月。私たちのプロジェクトの評価もよくここまで来たと家内とひそかに祝いました。まぁー、これまでどおり私たちは毎日やることをやりながら、その波が来たら一緒に泳ぎきりましょう。


2、   前置きはここまでで、ここから私たちにとってIVAの負担感は実際にどんな感じかについて書いてみます。

   イタリアの付加価値税は最高税率22%で、軽減税率には4%、10%があります。例えば、去年の12月10日のお買い物からピックアップしますと、4%の適用はパン、牛乳、生野菜、バター、小麦粉、乾燥クコの実、チーズ(パルミジャーノ・レッジャーノとペコリーノでしたが両方とも4%)、10%は箱入りスープ、ヨーグルト、生魚。22%はグレープフルーツ・ジュース、にんじんジュースでした。この日の買い物金額は税込みで38.55ユーロ。IVAは2.99でしたので、平均税率は2.99/(38.55-2.99)=8.4%ということになりました。チーズが4%というのはチーズ好きの私にはとてもいいですね。ジュースについては22%というのも意外です。加工度から言えば、バターは製造プロセスを経ていますし、逆にジュースの製造プロセスがそれほど高度なものとも思えません。何を基準として、税率区分をするのかは分かりづらいですね。右のレシートのサンプルは2月5日のもので、その一番下のところに、B: IVA 4%、C: IVA 10%、D: IVA 22%と書いてあり、このB,C,D,の符号がレシートの各商品アイテムの値段の右横にふってあります(このサンプルの2番目の項目がワインで、この日は半額でした)。

   その後のレシートでは、12月18日、生野菜はこの日もすべて4%、チーズ(エメンタル)もやはり4%、朝食で食べるシリアルと鶏肉は10%、ワインは22%で、泡だて器も22%でした。平均を取ると、4.15/(36.3-4.15)=12.9%という値でした。ワインは上質なものが安く手に入るとは言え、生鮮食料品と較べると値がはりますから、ワインが買い物に入ると平均税率も上がります。ちなみに、ワインを除くと、この日の平均税率は(4.15-1.6)/(36.3-4.15-(8.9-1.6))=10.3%でした。その他の日でレシートが残っていたものからデータを取ると、以下のようでした。

(日付, 税込, IVA, 税抜, 平均税率, ワイン代(IVA込))
12/23, 30.58, 3.15, 27.43, 11.5%,   7.99)
12/29, 18.98, 1.31, 17.67, 7.4%,   0.00)
01/05, 27.95, 1.98, 25.97, 7.6%, 0.00)
01/23, 25.62, 2.46, 23.16, 10.6%,   4.90)
02/05, 35.46, 4.23, 31.23, 13.5%,   12.50)
02/23, 29.93, 2.94, 26.99, 10.9%,   0.00)

   野菜、果物、牛乳、チーズは安くて品質がよく税率も4%と低い。肉は10%だけど安くて品質がいい。生魚は種類が少ないし、貝はムール貝、アサリなどに限られているので日本の方がいい(でも、去年から若い二人が手を組んで魚屋さんを近くに開店したので、よく買いに行っては品評をしているので、そのうち、これも段々日本に近づいて行きそう)。私たちはエンゲル係数が高いので、食料品について軽減税率があるのは、やはり、歓迎できます。平均税率は、ワインを買わなければ8%以内に収まりそうです。ここのところ、おいしいワインを安く売っていたのでちょっと余分に買ってしまったかな。夏、日本で買って飲むワインは殆ど、チリ産かオーストラリア産ですが、価格帯は税抜で700-800円程。ここで最近買ったワインは殆ど2.45ユーロですから円換算で300円程度。ですから、税率が高いものであっても、最終的な負担感は大きくありません。結局、税率よりは元となるモノの値段と品質が決定的に重要な気がします。


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ボローニャ再訪

(2019-02-02)
     Bolognaで北斎・広重展があることをFerraraで知ったときから、家内と行ってみようかと話していましたが、その頃はまだ私の滞在許可証が未交付で、踏み切る気持ちの余裕がなかったのです。ところが、1月15日、申請の11ヵ月後にやっとこれが交付され(ということは残りの有効期間が1ヶ月と1日だけという馬鹿みたいなタイミングで)、何か憂さ晴らしをしたいような気持ちで思い切って出かけました。前回は日帰りでしたが、今回は一泊旅行です。
Blgn見取図
1.まず、ボローニャ空港の下見から

    私たちの主たるお目当ては北斎・広重展ですが、ボローニャ空港からボローニャ中央駅までの移動リハーサルももうひとつの目的でした。フィレンツェ空港からの便が強風で飛び立てず2度もボローニャへバスで移動し、一泊し、そこから日本へ飛び立った因縁の空港をゆっくり見ておこうと思ったのです。そのときは、2度とも朝4時半に起きて空港近くのホテルから迎えのバスに乗り出発という慌しいものでしたから。折角、他の街に一泊するなら、その街を見たらいいのにと思うでしょう?でも、悲しいかな予定便の欠航という番狂わせの後では、とにかく日本に無事帰ろうという一心が先に来て、なかなかその気持ちにはなれないのです。

    さて、ボローニャ空港はボローニャ中心街の北部にある鉄道駅Bologna Centraleの北西約5km程のところにあります。ボローニャ空港の見取り図は(到着便についてだけですが)上の図のような具合になっています(出展、「ボローニャとモデナの真ん中田舎暮らし」 http://blog.sollevantetour.net/post-1509/)。到着便の出口はひとつです。そこから、まず、バスの切符を買い、バスに乗ればいいだけの話ですが、いろいろ番狂わせがあるのが旅行。

    まず、バスの切符をどこで買えばいいか。出口の先にスーパーのカルフール(図の15。画像の上でクリックするともう少し見えやすい画像に切り替わります)が見えます。ここのレジでボローニャ中央駅行きバス(Aerobus といいます)の切符を買いましょう(6ユーロ)。何人かで行った場合は、スーパーの前にベンチがありますから一人だけ中に入って買って下さい。店の中の通路は狭いし、挨拶もせずに何人もお店に入ってバスの切符しか買わないで、そして挨拶もせずにぞろぞろ出てくるのは、イタリアではあまり感じがよろしくないからです。それと、ここは空港内。案の定、普段Pratoのスーパーで買う価格と比べると2倍以上です。急いで買っても馬鹿を見るだけですよ(これからボローニャを発つという人が買い物の忘れものしたというときはここで買うのも悪くないかも知れませんけどね)。ですから、一人だけカルフールのお店に入ってバスの切符を買いましょう。なぜ、バスの切符売り場で買わないかですって?それはカルフール以外では自動販売機でしかバスの切符を買えないのですが、この自動販売機に問題があるからです。4台ある販売機の一台はコイン用、他の3台のうち2台は壊れていて、一台だけが動く状態と考えた方がいいでしょう。ユーロのコインをお財布にジャラジャラ入れてイタリアの空港に降り立つ人は殆どいないでしょう。ですから、コイン専用の販売機は閑散としています。ということは、残りの動く販売機の前だけ順番待ちの列が長くなります。そして、お札を入れたけど途中で先に進めなくなって、しかも、お札が戻ってこなかったらどうします?現に見ていたらそういう人がいました。しかも、後ろに待っている人が沢山いる状況では、ニッチもサッチも行かなくなるのです。ですから、カルフールのレジで生身の人からバスの切符を買うに限ります。

    切符を買ったら100m程進むと、図の7番のMondadoriという本屋さんが見えてきます。その左側通路の真ん中(図の8番)にはボローニャ名物のハムなどを売っているお店が見えます。このお店はエスカレーターの下にあります。この8番はボローニャ空港の正面玄関になっています。ここから外に出て下さい。出たところで、右向け右をすると、バス乗り場が見えます。それがお目当てのバス乗り場(図ではバスのマーク)です。タクシー乗り場は正面玄関を出て左側にあります。バスは25分あればボローニャ中央駅に到着します。また、日中は約10分に一本出発しますので、慌てて乗ろうとしなくても大丈夫です。バスに乗ったら、切符の刻印を忘れずに!

2.ボローニャ旧市街をバスで走る

    駅からチェントロ(centro、中心部)までのバスに乗ってみました。前に来たときはチェントロのマジョーレ広場まで歩いてしまいましたが、バスという手段も必要なことがあるでしょう。まず、切符。バスの切符は普通はTabaccheria(タバコ、印紙、トトカルチョくじなど売っている)で買います。PratoでもFirenzeでもそうです。そこで、周りをぐるぐる見回してこれを探したのですが見つかりません。Emilia-Romagna州とToscana州では違いがあるようです。仕方なく、駅前に止まっていた空港行きバスの運転手さんに尋ねました。すると、すぐ目の前のT>Perと書いてあるところが売り場でした。T>Per(Trasporto Passegieri Emilia Romagnaの略)がバス会社だと知っていれば聞かなくても探せたのに。一人1.3ユーロ(バスに乗ってから買うと1.5ユーロ)。

    切符が手に入れば、後は乗り場で待って乗ればいいだけ・・・と思うでしょう。そうは問屋が下ろしてくれないのがイタリアらしいところです。駅前広場の周り中にたくさんの乗り場があって、しかも広場外側の道路沿いにもあちこち乗り場があるのです。ひとつひとつルート図を見ていけば分かるだろうと探し始めました。ところが、知らない地名ばかり出てきて、決め手がありません。駅前広場の周りをひとわたり探索しても、結局見つかりません。仕方なく(またか!)、T>Perの売り場に戻り聞きました。そうしたら、広場外側の大通り沿いに百メートル弱、チェントロ方向に歩いていったところのバス停でD2のバスに乗りなさいということでした。この女性、そのうち、聞きに来るよと手ぐすね引いて待っていた感じがありました。どこ行きの切符を下さいと言って買うのですから、一言教えてくれればよかったのに。さて、道を渡って乗り場にたどりつきました。D2のルート図を探しましたがありません。その代わりT2というのがあるので、これに注目しました。前回informazione(観光案内所)で手に入れておいた市内地図と照らし合わせて、Due Torriなど知っている名前が出てきて、さらに、終点がPiazza Maggioreです。これで、決まり!T2の聞き間違いで確定!こんなことで喜んでいる私たち、まだ旅心を失っていないようです。バスの時刻表は平日と週末祭日では随分違いがあるので注意しましょう。この日は土曜日でOKでした。

    さて、バスが来ました。小豆色の小型の可愛いバスです。最初は大通りを走り、そのうち、段々狭い道に入り込んでいきます。ぐっと、中世めいた石畳の道。道の周りは赤っぽいレンガ造りの建物が迫っています。そんな狭い道でさらに、道の一部を囲って工事などしているものだから、その柵すれすれにバスは走らなければなりません。あぁー、そうか。それで、小型バスなんだ!大きなバスではとてもすれ違いやコーナーを切ることができないんだ。via Augusto Righi, via Oberdan, via Marsala, via G. Petroni, Via San Vitale, via Castiglione, via Farini, via dell'Archiginnasioを経てマジョーレ広場に着きました。後で地図で辿ってみると、2km位しかないのが不思議なくらい。いゃー、楽しかった!前回来たときと全然違うボローニャの風情にぐんぐん惹きつけられました。FerraraよりBolognaは広いのでバスに乗るのもいいですね。降りるとき、「歩行者への警告音が鈴の音で可愛いね。楽しかった。」と言いました。でも、毎日走っている運転手さん、反応はイマイチでした。もう、ちょっと身振り大げさに話さないとだめか。イタリア語は身振りが大事なんだろうけど、できない。

3.Hokusai、Hiroshige展

ボストン美術館からの版画が270点。富嶽三十六景、東海道五十三次など有名どころの他に短歌に題材をとった版画や、魚や花を題材にしたシリーズなど、とても充実していて、来た甲斐がありました。やはり、実物は色彩が違います。そして、殆どA4版位の大きさの版画が細部までくっきり印画されていて、その一部を拡大したパネルが展示場のそこここを飾っていましたが、すべて、驚くほどアップに耐えるのです。これらの浮世絵は

「ボストンの大富豪、ウィリアム・スチュアートとジョン・テイラー・スポルディング兄弟が帝国ホテル等の設計で有名な建築家フランク・ロイド・ライトの協力を得て、明治末期から大正にかけて収集した約6,500枚の世界で最も美しい、「浮世絵の正倉院」と言われる上質な浮世絵版画のコレクションです。
スポルディング・コレクションは、世界最高品質と言われながら、浮世絵の植物系顔料は壊れやすい等の理由により、コレクションを最善の状態に保つため1921年ボストン美術館寄贈の際に、一切の公開展示を禁止。今日まで90年近くにわたり公開されること無く保存されてきました。展示を禁止され、光を遮断した低湿度の管理により、ムシやカビからの害からも免れ、作品の劣化を奇跡的に避けることができました。葛飾北斎、歌川広重、喜多川歌麿、鈴木春信などの名品の初摺りが、摺られた当時の色彩と鮮明さで残されているのはもちろん、スポルディング・コレクションでしか見られない作品もあります。 」(出展、http://amusemuseum.com/ukiyoe/index.html)。

この展示会は寄贈されたスポルディング・コレクションのほんの一部ですが、その保存状態はすばらしく、これほどの充実したコレクションが海の彼方で保有されていることは日本人として悔しいほどですが、彼らの功績は素直に認め、感謝せずにはいられません。これだけの斬新な構図、色彩を生み出し、そして、当時の江戸をはじめとする一般庶民の手に行き渡らせる版画という技法を支えた、彫り師、刷り師、そして版元、これらすべての集合体が浮世絵の隆盛に貢献したこと、そのひとつひとつの要素に注目したいと思いました。

まだまだ、ボローニャについては書き足りないのですが、すでに長くなってしまったので、今日はこの辺で。


また、気分転換。Ferraraへ

(2018-12-19)
(写真はEste城。堀で囲われている。2日目に内部と展示をみました。外部からは想像できないほど、内部は意外と住み心地がよさそう。)

12月14日、金曜日。午前中はいつものようにDatini館で帳簿撮影、午後13:52の電車でBolognaの北40kmあたりにあるFerraraに行きました。

1.スペインからの若い歴史研究者

    この週の月曜日にスペインから若い歴史研究者がDatini館に来て、何やらDatini帳簿を借りて読もうとしていました。彼はイタリア語がすごく流暢です。後で聞くと留学していたわけでもなく、4ヶ月だけイタリアで過ごしたことがあると言っていましたが、ヒアリング、スピーキングともに驚異的です。イタリア語とスペイン語は近いとはいえ、それを上回る要因が彼の能力にあると思わざるを得ません。もう滞在期間が5年を超えたのに、まだ、言葉がよちよちの私たちにとってはうらやましい限りです。話しかけたのは、彼が求めるDatini帳簿が既に撮影済みであれば、それを差し上げようと思ったからです。いい画像を得るためには、それなりの機材と照明と呼吸のあった相棒、そして時間が必要です。前にもロシアから来て何度か顔を合わせていた老教授にPisaの商館の帳簿のひとつの写真をあげたことがあります。

    話を若い研究者に戻すと、彼はCastigliaとAragon王朝そしてValenza王朝時代の地域間商業交流についてすでに3年前から研究していて、今後もこの壮大な研究を続ける予定だとのことです。このために、DatiniのCatalogna地方での帳簿を調べることにしたらしいのです。Datiniのスペイン圏内の商館にはBarcelona、Valenza、そしてMajorca(島)のものがありますが、まだ、私たちの撮影はそこまで到達していません。そこで、今後関係する帳簿を撮影したら連絡するからメールを下さいと名刺を渡しました。すると、私たちのプロジェクトに興味を持ったらしく、かなり長文のメールをくれました。それなら、こんな文献が役立つかも知れませんよとPrato出身でValenza周辺で活躍したTuccio di GennaioについてのAngelaさん(NHKの取材を受けた先生)の論考を紹介しました。その後、Federigo Melisの本のCatalognaに関係する部分もスキャンして送りました。いずれもとても重要な資料をありがとうと丁寧なメールが返ってきました。さらに、短い滞在期間で写真を撮るのも大変だから興味ある帳簿を教えて下さい、私たちが代わりに撮ってあげましょうと申し出たところ、これも喜んでくれ、ではこれをお願いしますと、2冊挙げてくれました。私たちにとっては、いずれすべての帳簿を撮る予定ですから、撮影の順番を変えれば済むことです。

2.Datiniシステムの実演

    私たちは生きている間にDatiniプロジェクトを完了することは不可能ですので、1人でも二人でもこのプロジェクトを推進する協力者、しかも若い協力者、欲を言えば後継者が欲しいところです。いろいろな機会をとらえながらその可能性を探っているのです。他方、古文書館は未だに私たちが撮影した帳簿写真の公開を認めていません。そこで考えました。Associazioneを設立し、Datiniプロジェクトの推進母体としよう。そのsocio(メンバー)はtrascrizione(タイプ起こし)をして入力する。そのためには撮影画像閲覧が不可欠。したがって、socioは当然に画像閲覧権をもつ。これは不特定多数の人への公開ではなく、特定の人に限定したものなので古文書館もクレームをつけることができない。代わりにAssociazioneはsociの名簿を古文書館に提示する。このような方法で、画像公開前であってもsocioには私たちの作業を活かしてもらうことができる筈です。そのための舞台装置としてAssociazioneの定款を作成し、これを公証して貰うことも考え始めました。

    さて、socioに加わりませんかと提案できるためには、私たちのDatiniシステムを実際に見て頂き、どれだけ役に立つものなのか思いを巡らせる機会を提供することが絶対に必要です。ところが、Datiniシステムはインターネットに接続した状態でないと動かないのです。あきれたことに、古文書館ではインターネットに接続することができません。常にこれがネックとなって、私たちはDatiniシステムをお見せするうえで手足を縛られ猿轡をはめられた状態でいるのです。スペインに帰る前に是非見て頂かなくてはなりません。

    そこで考えました。USAにあるホスト・サーバーに置いてある私たちのデータベースでなく、自分のパソコンにデータベースをインストールし、そこにアクセスするようにすれば、インターネット接続をしなくてもDatiniシステムを動かすことができるのではないか。そこでMariaDBというデータベースソフト(ネット上のデータベースと同じバージョン)をインストールしました。インストールは難なくできました。しかし、データベースのアクセスが拒絶されてしまいます。アクセスできなければ何もできません。そこでパラメータを変えながらインストールを3回繰り返し、添付ソフトのHAIDIからアクセスを試みました。恥ずかしながら自分のPCにインストールしたMySQLのホスト名、IPアドレスが分からなかったのですが、これがHAIDIには表示されました。また、ユーザー名は最初は”root”とすることも何となく推測できました。そして、OSがイタリア語になっていたのがパスワードエラーの原因ではないかと考え、日本語のOSに戻し、4回目のインストールをしました。・・・そして、アクセス。やりました。データベースに接続できました!!あとは、ホスト―サーバーのデータベースからexportし、PCの中のデータベースにimportした後、それまでのDatiniシステムの接続部分のプログラムを書き換えれば動くはずです。そして、運よくばっちり動きました。インターネットを介して接続したのと全く変わりません。というか、回線を通じない分、それより遥かに高速に動きます。ここまで来るのに約一日。実はその前に、PratoのコムーネのフリーWiFiが使えないかと、何度も夜寒いなか、コムーネ広場まで出かけていってテストしてみたのですが、接続できなかったり、接続できてもすぐ接続が途絶え、実用にならなかったのです。これで、すっきり。翌日には実演をすることができました。こんなシステムは見たことがないとしきりに感心されました。そして土壇場でsocioの話まで漕ぎつけることができました。

    さて、依頼されていた一冊の撮影とファイル圧縮も終え、彼の滞在中に渡せたし、Datiniシステムの実演もできたので、前から一度行ってみたかったFerraraに出発することにしました。それと、家内の腰の調子が比較的いいので、思い切って行くことにしたのです。旅行の前に懸案が片付いていると、旅先での感度が増します。

(写真は古い街のなかのVIa del Volte。身を寄せ合って暮らしているような暖かさを感じました。)

3.Pratoからの電車

Prato Centrale駅から乗車して、Ferraraまでは120kmほどです。regionaleの電車だとBologna乗り換えになり、この駅での乗り換えが分かりづらいうえに時間がかかるので、intercityという一日一便の電車にしました。これはFreccia Rossaという急行列車と同じように、4人が二人ずつ向かい合う形の席の間にテーブルがあって快適です。そして速い。行きは1時間20分。帰りは1時間10分。これはインターネットで日本からもクレディットカードでティケットを買うこともできます。
https://www.trenitalia.com/
私たちは高齢者優遇のCarta Freccia会員を申込済みですので、これを使って、二人分往復50.8ユーロ(約6600円。一人片道1650円程)。日本のJRよりかなり割安ではないでしょうか。一定時間内にすべて入力できないと入力が無効になってしまうので、すんなりとはいきませんでしたが、家内は予約をやり遂げました。この予約票を印刷して持っていると、乗車前の刻印(これでときどき手こずる)が不要なので、その点もメリットにあげられます。



4.Ferraraの古い街

FerraraはEste家の足跡が強くおされた街です。その昔、ポー河がアドリア海に注ぐ位置にあった街で、Pisaと同じように次第に河が運ぶ土砂が海を次第に彼方に追いやってしまいました。通りの名前にもTerranuova(新しい土地)という干拓によって新たに得られたことを示すような名前が残っています。Este家は代々、優秀な治世者に恵まれたので、街は大いに栄え、その名をルネッサンス期、全イタリア、さらにヨーロッパににとどろかせた街でもありました。

    街は古い街と新しい街とがはっきりしたコントラストを示しています。古い部分は両側から家が迫った通りの上、ところどころに両側から梁を渡して新しい居住スペースを作りだして利用しているところが特徴的で、見るものを否応なく中世の空間に引き込んでしまいます。その通りの舗装は丸石を埋め込んでいてとても歩きにくい。Bergamoの道もこんなだったなぁ。地中海性気候の冬は雨期ですから、気温が下がり凍結したとき、丸石と丸石の間にだけ氷が形成され、頭の部分は滑らないようにしているのではないかとは私の推測です。

    到着した日の金曜日と翌日は旧市街を歩きました。レストランを探して、Salama da sugoというFerrara独特のお料理、大きなサラミソーセージのようなものを茹でてマッシュト・ポテトを添えたものを食べてみました。豚のいろいろな部位が詰まっていて、タンの部位などとてもおいしかった。

(写真の下の方に見えるカボチャのようにごつごつした塊、これがSalama.)

5.Ferraraの新しい街

新しい部分は新地で街の北側、都市計画によって整然と広い街路が通っています。外壁が立錐体状の石で覆った建物のDiamanteの館はこちら側にあります。この通りにはPratoで私たちが悩まされているQuestura(警察)のオフィスが立派な建物に納まっていて、Ferraraならもしかして、滞在許可証の申請・受領のために建物の外で長い間待たされることも無いのではないかと想像してしまいました。近くの植物園に古い木が沢山あったので散策しました。イチョウの木の根元には銀杏が沢山落ちていたので、20個程封をしっかりして持ち帰りました。Diamante館は特に陳列品はなく、美術展スペースとして利用されているようです。日曜日にはクールベの展示会をしていました。荷物を預けて観覧すると体が楽なので入場しました。泉とか洞窟とか海、狩りなど自然を素材にした絵が今回の展覧会のテーマです。実物を見ると、空間感がすばらしい。すばらしい景色を見てカメラを向けてみても、実際に撮れた写真は、撮りたかったものがすっぽり抜け落ちていて、いつもがっかりします。でも、彼の絵には私が撮りたいものが、そして、一瞬の動きがあますところなく捉えてあります。単純に驚き満足して館を後にしました。

    帰りの駅への道すがらのバールで、朝食時にホテルで教えて貰ったPampapatoというFerrara名物のお菓子を買いました。直径13cm位でずっしり重く、外側はチョコレートで覆われ、中にはナッツ、ドライフルーツがぎっしり詰まっていて、日持ちもするそうです。これは後で、CさんやZ君たちと味わうことにしましょう。


メディチ家礼拝堂

(2018-12-04)
    (写真はメディチ家礼拝堂の内部の大理石装飾。花びらのグラデーション、立体感まで表現したかのような大理石の象嵌。その色合いの大理石を探してくることからしてどれだけの労力が必要なことか。)

    12月2日、日曜日。帳簿の撮影、会計データの入力、そしてこの2週間はこれまで撮り貯めた約7万枚の写真の管理で根を詰めた日々を過ごしていたので、一段落したこの日、気分転換にフィレンツェのメディチ家礼拝堂を見に出かけました。毎月、第一日曜日は、国立の美術館・博物館は参観料が無料(イタリア人だけでなく外国からの観光客にも)になります。メディチ家礼拝堂は日曜日も開くのに、その東側に隣接している同じメディチ家の菩提寺(仏教ではないので違和感のある言い方ですが、他に適当な言葉を思いつきません)のサン・ロレンツォ教会は日曜は休館日です。どちらの建物も外観は簡素で、有名なドゥオーモのサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会の外観と比較すると、見栄えがしません。それで、なかなか、中には入ったことがなかったのです。

1.Pratoからバスでフィレンツェへ

    ここの開館は8:15で17時(改札は16:20で終わり)まで開いています。1時間半もあれば十分だろうと、家のすぐ前のバス停から10時8分の便でフィレンツェに向かいました。日曜日なので高速道路は空いていて20分で終点に到着しました。ところがこの終点です。すでに2年くらい前からフィレンツェでは市街電車の路線工事をしていて、そのあおりで、最近はこのバスが、フィレンツェの表玄関、サンタマリア・ノヴェッラ駅に着かないのです。レオポルド広場というちょっと不便なところに着いてしまい、しかもバスとの通し券にはなっていないので、お目当ての中心部へは切符を買ってトラムに乗り換えるか、歩くかしなければなりません。それで、歩きました。道の方向を間違えてアルノ川の畔にたどり着くと、遠くにあの金細工のお店が並ぶポンテ・ヴェッキオが見えました。そこから、アルノ川を右に見ながらヴェッキオ橋に向かってカッライア橋まで歩くと、ジョギングや夫婦で散歩している人を多く見かけ、カモメも飛んでいました。橋の入り口で左に曲がり、モロ通りを歩いてようやく目的地に辿り着きました。途中で、総菜屋さんを見つけたので、次の機会に寄ってみるのが楽しみです。

2.メディチ家礼拝堂

    日曜日なのに意外と並ぶ人は多くなく、すんなりと入れました。Uffizi美術館も第一日曜日は無料ですが、こちらは列が長くて、入場できるまでが大変かもしれません。

    お目当てはミケランジェロの彫刻です。ミケランジェロの彫刻と言えば、フィレンツェのアッカデミア美術館のダヴィデ像が有名ですが、これは長い列に並んで見たことがあります。他に、ローマのコロッセオから丘を登ったところにあるサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会のモーゼ像、ミラノのスフォルツァ城にあるミケランジェロが盲目になった後、手さぐりで制作したピエタ像、フィレンツェのドゥオーモ博物館のピエタ像、同じくアッカデミア美術館にある沢山の未完成彫刻などを見てきて、ミケランジェロには大変興味がありました。レオナルド・ダ・ヴィンチもそうですが、ミケランジェロも完成にまで至った作品は手がけた作品に比べてその一部にすぎないようです。


    メディチ家礼拝堂(写真の奥に見えるドームはその屋根)には、ミケランジェロの作品である聖具室と彫刻が新聖具室にあります。聖具室には二つあって、ひとつはサン・ロレンツォ教会側から入れるブルネレスキ(あの大きなドゥオーモのクーポラの設計者であり、また彫刻家でもある)が携わった旧聖具室、そして、二つめがこのメディチ家礼拝堂から入る新聖具室(写真の右側の小さなクーポラがその屋根)です(手前の怖いようなぶこつな建物はサン・ロレンツォ教会を正面から見たところ)。

    ミケランジェロはこの新聖具室の建物の内部と彫刻のすべてを統一的に設計しましたが、現実に作られたのは、Giuliano de' Medici duca di NemoursとLorenzo de' Medici duca di Urbinoのお墓で、建物の壁、彫刻、棺が一体となったものです。 Giulianoの彫像下の棺には「夜(Notte)」、「昼(Giorno)」、Lorenzoの彫像下の棺には「黄昏(Crepuscolo)」と「曙(Aurora)」を人間の姿で具象化した彫刻が横たわっています。いずれも、
https://it.wikipedia.org/wiki/Tomba_di_Giuliano_de%27_Medici_duca_di_Nemours
https://it.wikipedia.org/wiki/Tomba_di_Lorenzo_de%27_Medici_duca_di_Urbino
で写真が見られます。
このうち、「夜」と「昼」については動画があります。
https://www.youtube.com/watch?v=M1Kf2mJnowM

    私が彫刻の解説をしても野暮になるだけですので省きますが、それぞれの彫刻の視線の先にあるもの、手に何を持っているか、何かを掴もうとしているか、体の下半身と上体のひねり具合がどうか、何かを象徴する物が添えられていないか、・・・おそろしく多くの要素がこれらの彫刻に埋め込まれていて、結局、多くの点を見過ごしたまま帰ってきてしまいました。もう少し勉強してから再挑戦するつもりです。

    新聖具室はメディチ家礼拝堂のほんの一部。その本体である礼拝堂は、内部がこれまた素晴らしいものです。金銀は使わずにすべて大理石、それも様々な色合いの大理石で、壁、柱のそこここに精密な象嵌を施してあります。技術の粋が惜しげなく注ぎこまれていて、その密度の濃いこと!その作業を思っただけで気が遠くなりそうです。フィレンツェでの必見スポットのひとつではないでしょうか。

3.昼食―モロッコ料理

フィレンツェに行くといつもお昼はきまってここ、モロッコ料理のお店です。Mercato Centrale(中央市場)の裏手の広場に面して駅寄りの場所にあります。モロッコ出身の女性がきびきびと応対してくれます。彼女はイタリア語、英語、モロッコ語を話し、とても愛想がよく、よく気が利きます。いつも頼むメニューはタジン(牛肉、ピセッリ、ポテト入り)、スープ(何かの穀物が入っていてあっさり味)、時々串焼き。スープを頼むと美味しいパンがたっぷりついてきます。それと美味しいのがパテ状のピリ辛調味料。タジンは6ユーロ、スープは2ユーロ。これだけで満腹で、残ったパンは持ち帰ります。
ポテトの下には牛肉がたっぷり。

   昼食を終えてから、ドゥオーモのファサードまで歩きました。今年のクリスマスの飾り付けがどうなっているのか見たかったのです。残念ながら、丁度その直前だったかもしれません。まだ、大きなクリスマス・トゥリーはなく、サン・ロレンツォ教会の前にプレゼーピォ(キリスト生誕の場面をあらわす箱庭みたいなもの)を飾るのではないかと思われるログの小屋があった程度でした。午後2時前というのに太陽は低く、ドゥオーモの正面をそぞろ歩く観光客が石畳の上に長い影を投げかけているのを見ながら、帰路に着きました。


2018年滞在許可証

(2018-10-31)
10月30日、2月19日に申請した滞在許可証がやっと下りました。でも、どういうわけか家内の分だけ。

1.滞在許可証

     今回の滞在許可証は5回目のものです。1回から4回までは就学VISTO(英語ではVISA)に基づくもの。今回はResidenza ElettivaのVISTOに切り替えて初めての滞在許可証です。この申請については既にこの2月22日のブログに書きました。2月19日の申請の後、5月3日に指紋採取のための警察への出頭をして、ただ待ち続けました。滞在許可証の準備ができたので取りに来るようにという連絡がSMSに入ったのが10月11日、そして今日10月30日に受取に出かけました。申請から8ヶ月、出頭日から5ヶ月過ぎていたわけです。ただし、家内の分だけ。

     滞在許可証の受取は滞在許可証の申請よりずっと大変です。前回はまず私だけ9月25日に受け取り、そして家内が受け取ったのが10月2日でした。聞くも涙、語るも涙の2017年9月と 2017年11月のブログ をご覧ください。この経験を経て、今回は携帯もRILASCIO(交付)の手数料40ユーロの支払済証もしっかり持って出かけました。SMSには10月30日14時26分に来なさいと書かれていましたが、その時刻に行けばすっと建物の中に入れてくれるわけではありません。おそらく100人近くのいろいろな国の出身者が押し合いへし合いしているなか、1時間に10人位ずつしか中に入れてくれないのです。すると、定刻に行ったのでは、その日に警察が閉まる時間には間に合わず、「今日はお終い」と追い返されるだけになってしまいます。追い返されるとどうなるか?翌日に行ってもダメです。約束の日に来なかったということで事後処理の日と決まっている月曜日の午後になってしまうのです。もちろん翌週の月曜日。その月曜日はあぶれた人の処理日ですからより激しい混雑が待っています。でも、この日は時間が遅くなっても珍しく仕事を続けます。8時近くまでやって、なんとか全員に交付しようと頑張ってはくれます。でも、私達もへとへと。でも、このあたりの事情はもう前に書きましたね。あまりに辛いのでまた書いてしまいました。すべてはローマで滞在許可証を集中処理し、各警察へ郵送していることから発生している問題ではないかと思います。すべて繋がっているのですから、各警察署に分散処理させる方法もあるはずですよね。

     それで今日は12時50分に到着し待ちました。今朝は朝雷鳴があり、激しい雨。その後、日差しも出る忙しいお天気。到着したときはそれまで青空が勝っていたのに、次第に灰色の雲も参加してきて、外で待っている間、案の定ときどき降られました。入場は2時40分。2時間弱だからラッキーと言っていいでしょう。今回は列の先頭で待っていたせいか、列への割り込みもなく、皆さん、お行儀がよかった方です。何よりも良かったのは、私にはSMSが来ていなかったので入れて貰えないことも覚悟していたのに、「家内に同伴するんです。Accompagno io a lei.」と言って何とか中に入れたことでした。そして少し待つと、「あなたたちは日本人か?」と聞くので「Si」と答えると、では、こちらの4番の窓口に来なさいと言います。すると、「最近、日本語の勉強はじめたんだ」なんて言ってます。「それじゃ、是非続けてね。」と言うと、ニコッと頷きました。そして、家内の指紋照合。何と、右の中指、左の親指。これで完了!あぁーよかった。これまで、一度で終わったことがないのに、今日はすっきり2回で決めました。上手くいかないときは、世界の苦難を一人で背負って、でも、静かに耐えているという風情の家内で、まるで宗教画のようですが、今回は笑顔がそれに代わりました。次は私の出番。いつもは家内と一緒にSMSの連絡が来るのに今回は来ないのですがと言うと、私のパスポートと書留郵便発送証のコピーをとり、後で連絡するから、ここに電話番号を書いて下さいと言います。電話が来るのは嫌だなんて言ってられませんから、急いで書き込みました。でも、SMSがないのにお咎めもなく入場でき、何らかの処置をしてくれるわけですから、これまでのQUESTURAの印象を書き換えるような出来事だったかもしれません。在日イタリア大使館が本国と連絡を取り合って発行した査証ですから、それを無碍にはできないでしょう。あまり、期待せず、発行の連絡を待ちましょう。

2.イタリアのこれが美味しい

     さて、帰り道、夕飯には間がありましたので、久しぶりにジェラートを食べました。冒頭の写真がそれです。私はイチゴと苦い粒チョコ入りチョコレート、家内はレモンとマローネ(栗)。2ユーロ の小さいカップですが、これで私たちには十分。イチゴとチョコはいつもおいしい無難な組み合わせ。マローネは、じわっと栗味が舌の上に広がり自分の選択をグラつかせるインパクトを持ったおいしさでした。リモーネもいつもの如く爽やかな味です。このジェラテリア(ジェラート屋)は最高!フィレンツェにもないおいしさ。ジェラテリアには葉巻をくわえていればいいような苦虫を噛みつぶしたお爺ちゃんが一人で入ってきたかと思うと、コーンのジェラートをぺろぺろやっていたりして面白い。

     次の写真は上の皿にトゥリッパ(牛の胃をよく煮込んで柔らかくしたものにトマトベースの味付けをしたもの。こちらのマンマはこれを上手に作れるといいマンマになれますよ)とインテグラーレ(全粒粉)の自然発酵酵母パン。下のカップは蕎麦粉(grano saracenoと言うらしい)のパスタとフダン草を煮込んだスープです。イタリア人がお蕎麦を食べるなんて知らなかった。こちらで食べることができるなんて意外で、日本のお蕎麦と同じというわけにはいきませんが、おいしく頂きました。イタリアの人はおいしそうと見れば、しっかり美味しくしてしまうのですね。

食後のデザートは三つ目の写真、Schiacciata all'uva。 Schiacciareは押しつぶすという意味で、スキアッチァータというパンは一年中売っています。踏みつぶしたように平たいパンでオリーブオイルを塗って焼いてあり、ちょっと塩味がついています。こちらのお菓子はこの季節にだけお店に並ぶもので、煮た赤ブドウと白ブドウをパンの中に混ぜ、そして上面にたっぷり載せて焼いたものです。私たちはこれにVin Santoというワインを濃くしたような(16度)リキュールをかけて食べています。いつも行く総菜屋さんで売っていたので、これは種無しのブドウですかと聞くと、NOといい、種入りが伝統的なんだと言ってました。種無しに変えるつもりは頑としてない雰囲気でした。私たちは種入りは苦手なのでCOOPで買ったのがこれです。

今回は仕事の話が出ませんでしたが、pythonの会計システムに二人で入力する作業が少しずつ進みはじめました。まだ、家内に、ここがおかしい、ここが動かないと言われて対応に四苦八苦しながらですが、これを乗り越えないことには人に入力をお願いできませんので、その都度頑張っています。


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