FC2ブログ

Datiniシステムの構築。いや破壊、再構築?

(2019-06-15)
(写真はバチカンのサン・ピエトロ大聖堂で洗礼を受ける子供たちというより受けさせる大人たち。後方の絵画もちゃんとキリストの洗礼の場面になってます。)

6月14日。朝、窓を開けるとツバメが何匹も群れをなして目の前を飛びかっています。昨年よりもその数は多いように思います。やはり、とても、うれしい。ツバメは美声ではないので、どのように他のツバメを惹きつけているのかと見ていると、どうもその飛翔の素早さ美しさでアピールしているのではないかと思えてきました。

メルカートではソラマメが売られ、最近の黄桃、ネクタリン、サトゥルノは、随分甘みが増してきました。すべて、kg当たり1.5ユーロです。サクランボもおいしくなってきました。今日は気温が36℃位まであがり、暑くなりました。

昨年12月以後のシステム構築、というより、破壊と再構築

家内と二人だけでダティーニ帳簿をすべて入力するとしたら72年かかると一度、試算したことがありましたが、これでは、どうにも希望が見えません。でも、もし、この72年をその4分の1、18年に短縮するという目標をもって実現できるとしたら、どうでしょう。これまでの作業蓄積を3年分と見積もって、残り69年分の4分の1は約17年。私たちが86歳のとき、まだ眼の黒いうちに何とか達成できるかもしれません。そう考えると俄然元気が湧いてきます。でも、どうやって???頭をどうひねっても、次のように二方面作戦で行くという考えしか浮かびません。

①、集団レベルで(グループの各メンバーが)、協同作業をできること。
②、個人レベルで、入力作業がサクサク行えるようにすること。

この考えで、この1年半、やってきましたが、ここで振り返っておきたいと思います。

1、集団レベルで、協同作業が可能であること。

グループの各個人がインターネット上においたデータベースにアクセスしてこれに入力できるようにするためには、ハード面、ソフト面、両方の仕掛けが必要です。

1-1、まず、ハード面。インターネット上でデータベース・サービスを提供する会社を探して契約すること。アクセスしてデータ蓄積するためのデータベースがなければ、協同作業は絵に描いたもちです。これは、2018年5月8日、米国の会社と契約しました。その前に無償でデータベースを使わせてくれるサイトがあったので、しばらく、そこで試した後、有料のものに代えました。驚異的に安く、容量2GBのデータベースが25米ドルで一年間使い放題です。1年間使って何の不満もなく、今年4月に契約を更新しました。

1-2、次に、ソフト面。インターネット経由でデータベースに作業させるためにはSQL(Structured Quiary Language)文を何らかの方法で、データベースに送信することが必要です。現在使っているpythonにはその機能がありますが、OpenOfficeOrg.Calc Basicにはこの送信機能がありません。それで、OOoBasicにサヨナラし、pythonに全体重を移したことも既に書いたとおりです(2018年6月記事)。でも、pythtonだけでは足りず、pythonにpymysqlというソフトを付け加えて、データベースへの通信をできるようにする必要がありますが。

1-3、グループ作業では、誰がどの仕訳を入力したか分かるようにしておく必要があります。このため、LOGIN機能を設け、人毎にデータベースに対して行える作業を限定するようにしたことがひとつ、もうひとつはデータベースの各仕訳に入力者と入力日付を記録するようにしました。(2019年1月25日-2月4日)

1-4、グループ作業では、作業の進行状況を一覧できる機能が必要です。なかなか皆さんTrascrizione(翻案)の入力までやってくれないので、私たちの翻案をレビューし、それでOKならばOKとデータベースにマークして下さいとお願いしていますが、このマーキングのためには、どの帳簿のどの仕訳がマーク済か、未マークかを一覧表示し、マーク対象を絞りこむ機能も必要になります。これができたのは、比較的新しくて、2019年6月5日でした。

1-5、作業の進行状況を概観できる機能としてはもうひとつデータが必要です。Datini帳簿にも、綴じられた帳簿によくあるように、何も書かれていない頁があります。極端なところでは、例えばPisaの債権債務台帳(416)のように、全204頁中132頁が白紙のものさえあります。今現在白紙頁情報の入力が済んだところでみると、全体で57,618頁のうち14,731頁、約4分の1が白紙でした。これが分かれば、翻案入力の計画も立てやすくなります。このプログラムができたのが2019年4月9日。そこから既に撮影済の帳簿写真について白紙データを入力し終わったのが4月24日。結構かかっちゃった。でも、こんなデータ、古文書館でも数えたことがないんですよ。

1-6、グループ作業では、誰が、例えば、この1週間にどれだけ仕訳入力をしたかの作業実績の統計を皆が見られるようにしておくといいかも知れません。いわば、成績表ですね。これを皆が見れば、お互い褒めたりお尻を叩いたりする材料になります。まだ着想段階でプログラムにしてはいませんが、そのデータは蓄積する仕組みにしたありますので、成績表を作るのはさほど難しいことではありません。

1-7、グループ作業をしてくれる人がWindows PCを使うとは限りません。Linuxを使う人もいれば、MACを使う人もいます。実際、C嬢は家にMACを置いてますし、スペインの若い歴史研究者もMACを使っています。Windowsでpythonが動けば、それがそのままLinuxやMACの上で動くと思ったら大間違いです。python本体はLinuxやMACでは大抵インストール済みですが、他に、pycurl、pymysql、requests、wxpython、pillowなどのソフトウエアもインストールしないと私のDatiniシステムは動きません。このうち、 インストールが一筋縄でいかないのが、wxpythonとpycurlです。これらのプログラムの依存関係が複雑で、他のプログラムをインストールしておかないとインストールできないのです。参考のためにMACの場合のインストール手順書を添付します。Linux用のpythonワンセットをインストールできたのが、2019年1月12日。去年のクリスマスから今年の正月は正直なところ、これにかかりきりでした。MAC上でDatiniシステムが動くようになったのは5月8日。MACは基本的にLinuxをベースにしているようなので、まず、Linuxでいろいろ経験を積んでおいたので、MACを手にしてから2週間ほどで動くようにできました。でも、Windowsと違うプラットフォームでひとつのプログラムを動かすのは、大変ストレスが大きいです。

MACの場合はwindowsで動いていたpythonプログラムが、突然死んでしまうということがあり(私の場合はsegmentation faultという表示に変わって突然死してしまう)、pythonプログラムの全面見直しを迫られましたが、長くなるので、今日は省きます。

2、個人レベルで、入力作業がサクサク行えるようにすること。

(出典:ASPO 261 c. 6V) 入力作業の内容には二通りがあります。

1、ひとつは帳簿写真のすぐ左となりの升目に写真の内容に対応させて行う仕訳コードの入力、削除、挿入、位置変更。
2、ふたつめは、データテーブルの各フィールドに対応する、Trascrizione翻案、日付、相手先、金額、勘定コード、貨幣単位、数量単位などです。

2-1、帳簿画像は会計仕訳画像がぎっしりつまったものです。そのひとつひとつにコードを振っていく作業が、画像情報を文字数字情報からなる会計情報に変換していく作業の第一歩です。したがって、この作業は位置決め作業で、とても感覚的なものです。位置決めをすると同時に仕訳コードが一義的に決まるような仕組みが作れればいいわけです。この原型はOOoCalcでのシステムで2014年の夏に作り、それをpythonシステムではマウスのドラッグ&ドロップ機能を使って洗練しました。画像の一番左の青い帯状の領域、その右側の88個の升目、その右側の帳簿画像が構成要素の画面です。この青い帯状領域を海に見立てて、そこからドラッグして升目にドロップすると、現在表示されている画像コードから仕訳番号を自動生成して順番に仕訳コードを入力してくれます。仕訳コードと仕訳コードの間に新しい仕訳コードを入力したいときはその間の位置にドロップすれば、その下にあった仕訳コードの番号が一つずつ繰り下がります。既にあった仕訳コードを捨てたいときはその仕訳コードをドラッグして左側の海に捨てます。この場合はその捨てた仕訳コードより下にあった仕訳コードの番号が一つずつ繰り上がります。仕訳コードを振った位置が上過ぎたり下過ぎたりしていたら升目の下や上にドラッグ&ドロップすれば位置が変わります。これが、仕訳コードの入力、削除、修正のすべてでしょうか?

実は、これで終わりではありません。それは、その仕訳コードで既に文字数字情報が入力されていた場合にこれを捨てると、連動して既に入力してあったデータも捨てることになること、また、捨てた仕訳コードより下に位置する仕訳コードが他の帳簿の仕訳コードと連携している場合の問題です。例えば、仕訳コード261-006V-06の相手勘定が290-008V-02であるとき、261-006V-05の仕訳コードを削除すると、仕訳コード261-006V-06は仕訳コード261-006V-05に変更されなければなりません。しかし、それだけでは足らず、仕訳コード290-008V-02の相手勘定は仕訳コード261-006V-06から261-006V-05に同時に変更しないと仕訳間の連携が崩れてしまい、複式簿記が滅茶苦茶になってしまいます。相手勘定がいくつかあった場合は、当然、そのすべての仕訳コードについて連携コードの繰上げ繰り下げを実行しないといけないこと。

逆に新しく仕訳コードを設定するとき、その下の位置の仕訳コードが他の帳簿の仕訳コードと連携している場合には、これと対称型の問題が生じます。例えば、仕訳コード261-006V-06の相手勘定が290-008V-02であるとき、261-006V-06の前にひとつ仕訳コードを挿入すると、仕訳コード261-006V-06は仕訳コード261-006V-07に変更されなければなりません。しかし、そればかりでなく、仕訳コード290-008V-02の相手勘定を仕訳コード261-006V-06から261-006V-07に同時に変更し、仕訳間の連携を維持しなければなりません。複式簿記のもとではこれは絶対の要請です。そんなこと当たり前じゃない。それが何でDatiniプロジェクトの短縮化になるんだという声も聞こえそうです。でも、会計データが崩れていることを発見したときは直ちにデータを正常に戻さなければなりません。これを発見したときの落胆、そして、それを強制的にやらざるを得ないときの疲労。これらを避けるためには、こんなことも必要なのです。他の誰もやってくれないのですから。

もう一つ、仕訳コードの挿入や削除や位置換えは個々にデータベースにアクセスして更新する方法は避けることにしています。インターネット接続の通信量が増え、また、処理スピードが遅くなるからです。そこで、ある程度、挿入や削除や位置換えをまとめて実行するようにしました。ここに難しい問題が潜んでいました。それは「仕訳コードは重複してはならない」というルールから来ます。削除する場合は仕訳コードの小さいものから大きいものへ順番に繰り下げて行けば、重複は生じません。逆に挿入する場合は、大きい方から小さい方へ順番に繰り上げればやはり重複を避けることができます。では、削除と挿入が混在した場合はどうすれば、重複しないように繰り上げ・繰り下げができるでしょうか?何か法則があるのではないかと思って、チャートを描いて考えてみました。

挿入・削除の総数が3と4の場合が次の最初のチャート。総数が5の場合が2番目のチャートです。挿入をプラス1、削除をマイナス1としてその総計がマイナス1、ゼロ、プラス1etcの場合について、仕訳コードに重複を来たさない手順をそれぞれ考えてみました。

結論は最初のチャートのPorcedureの箇所にまとめました。要約すると、
1、プラスがマイナスを上回る場合、
   (1)最初の変更アイテムが挿入であれば、後ろから前へ繰上作業をする。
   (2)最初の変更アイテムが削除であれば、前から第3番目の項目を探し、3番目以降の項目について、まず、後から前へ繰上作業をし、その後で最初と第2番目の項目について前から後ろへ繰下げ作業をする。

2、プラスとマイナスが同じ場合、
   (1)最初の変更アイテムが挿入であれば、後ろから前へ繰上作業をする。
   (1)最初の変更アイテムが削除であれば、前から後ろへ繰下作業をする。

3、マイナスがプラスを上回る場合、
   (1)最初の変更アイテムが削除であれば、前から後ろへ繰下作業をする。
   (2)最初の変更アイテムが挿入であれば、前から第3番目の項目を探し、3番目以降の項目について、まず、前から後へ繰下作業をし、その後で最初と第2番目の項目について後ろから前へ繰上作業をする。

判読が難しいでしょうが、およそ、こんな感じの場合分けと考えて頂けば結構です。なぜ、3番目の項目が分水嶺になるのかは分かりません。また、扱った場合の数は多くないのですが、無限に多くの組み合わせは実際問題として生じないので、一般理論は誰かさんにお任せします。一応これで動いていますので、一件落着ということで別の作業に移りました。いやー、プログラミングというのは単なるプログラミングでなくて、ときには、こんな小さな数学理論みたいなものを自分で考えて、それをプログラミングに反映することにも挑まなくてはいけないのですね。こんなことをやっていたのは5月13日、14日。今年のダティーニ週間で講義を聴きながら、こんなことを考えたいたのですから、まじめな聴講生ではありませんね。

あぁー、いかん。また、眼が痛くなってきた。ここのところ眼の疲れが取れません。尻切れトンボで、ここからが入力作業効率化の重要な部分に入るところなんだけど。今日はここで失礼。おやすみなさい。
スポンサーサイト


ベネチア再々訪 フェニーチェ劇場

(2019-05-23)


    4月24日。はっきりとツバメが目の前を飛ぶのを確認しました。そろそろかなとは思いながらも、昨年の飛来の記憶もおぼろげで、確信ないまま待っていました。でも、目の前をグーンと旋回し飛び回る姿は、燕尾を見るまでもなく、確かにツバメです。あー、うれしい。美しい。今年も来てくれた!そして、ベランダから見る私たちの目の前を何羽もすごい速さで飛び過ぎていく。朝は低い空を、そして午後は高い空を。

     5月はじめ、ニセアカシアの白い花の房がいい香りであたりの空気を満たしていたと思ったら、それも終わり、今はベランダのジェルソミーノが甘い香りをふりまいています。菩提樹の花の香りもまもなくでしょう。先週から黄桃、ネクタリンが出回り、タロッコ(果肉の赤いオレンジ)にとって変わろうとしています。ことしの5月の気候は例年になく寒く、雨が多いですが、確実に夏が近づいてきています。

ベネチア再々訪

5月1日、案内を兼ねてベネチアへ。24時間券を買って初日はバポレットに乗りまくりました。まず、サン・マルコ広場に着くと、人人、すごい人、歩いて島の北側へ。やはり人出の多い小道を抜け、途中、リアルト橋からの景色も見ながら、1時間足らずでフォンダメンタの船着場に着いたかな。そこから、レースで有名なBURANO島行きの船が出ます。一時間ちょっと海の上を行くと、島に近づくにつれて青・赤・黄、鮮やかな色彩の、とても可愛い家並みが見えてきます。でも、船着場に着いたら、帰りの乗船客のとんでもない長い列が。今日はメーデーだったんだ。その長さを見て、怖気づき、すぐ、列に並び、結局とんぼ返りで本島に戻りました。この船は航海時間が長いので、トイレが付いていました。これ、大事な発見。

夜は、例によりベネチア本島には泊らず、MESTREで宿泊。夕食もMESTREで。前回行っておいしかったオステリア、Veccia PostaにWEBで予約を入れておきました。イカ墨のパスタがおいしかった。ベネチアは海のものがおいしいです。それから、赤ワインのValpolicella。これは前回夕食をバールでとったとき、ハウス・ワインをグラスで頼んでおいしかったので、今回も所望してみました。そうしたら、おいしいこと。樽仕込の熟成の風格があり、いろいろな香り(ソムリエでもないのに、「ブケー」と言ったら、叱られるかな)を感じます。それでいて、ボトルで14ユーロ。素晴らしい。

翌日はサン・マルコ寺院のなかへ。列はすごいですよ。100メートルはあったかな。リュックサックを背負ったままでは中に入れて貰えないことを知っていた私達は、家内を順番待ちの列に残し、荷物預り所へ。これは無料。列には20分並び、20分そこそこで外へ。でも、サン・マルコ寺院の内部は必見。今回も、その記憶に有り余る素晴らしさに、改めて圧倒されました。どの一部をとっても、自分で作るとしたら、一生かかってしまうような濃密さですから。外に出ると同行者は目の前の塔へ登りたいとのこと。私たちは年ですから、別行動にして、フェニーチェ劇場へ。


フェニーチェ劇場

    フェニーチェ(英語phoenixのイタリア語fenice)は、ミラノのスカラ座、ヴェローナのアレーナ(これはコロシアムのようなローマ時代の遺跡で屋外劇場)、ボローニャのヴェルディに並ぶ素晴らしい劇場と聞いて行きました。「地球の歩き方」には載っていないのですね。ベルディの『椿姫』など有名なオペラの初演もされた由緒ある劇場で、若き日のマリア・カラスが、ヨーロッパにやって来て最初に拠点にしたのもこの劇場であったとのこと(引用元:https://www.tour.ne.jp/w_review/VCE/sightseeing/spot/114356/ )。

    そこに至るまでの道は両側から建物が迫る細い路地だったり、途中で運河で行き止まりだったりして、なかなか着けないのですが、サン・マルコ広場から歩いて、結局15分で着けました。路地からわけの分からぬまま広場に出ると、いきなりどーんと劇場建物が現れました。そんな道路具合でベネチア本島では車は走れないのですから、公演の機材や楽器などどうやって運ぶのか心配になります。でも、劇場を立てる際のコンペでは、「主入口はメヌオ運河に面すること、そして大型ゴンドラの利用を勘案しその幅は最低6メートル確保すること」等の細かい条件が付けられていたとのことです。ちゃんと、考えてありましたね。入場料は11ユーロ、でも私たちは65歳以上ですから、申し出れば、7ユーロになります。


    この日はトゥーランドットのリハーサル中でした。女性の舞台監督が振り付けをしていて、その絶対的権限は大変なものです。どんな細かいことでも、自分で動作をして見せて、調整していきます。ロイヤルボックスがあいたからこちらへどうぞと案内されて入ると、豪華なこと。その席からリハーサルを見続けます。それぞれのシーンの打ち合わせをしながら、オーケストラの代わりにピアノ1台の伴奏で、歌唱も合わせます。本番の7、8割がたの発声で抑えていた感じです。それでも耳にジンジン届きます。劇場の中には貴族趣味で、大きな絵画が壁面に並ぶ舞踏広間、バール、きれいなトイレもあります。いい椅子で休めますから、歩きつかれたときの休憩にもなります。というわけで、あの有名な「誰も眠ってはならぬ」の場面に出くわすことはできなかったものの、ベネチアの新しい面を見つけた感じでとても満足しました。

    今日は短いですが、このくらいで。


イタリアの付加価値税 IVA ( imposta sul valore aggiunto)

(2019-03-05)
   今日は3月4日、日本の雛祭の翌日。白酒と雛あられなど召し上がりましたか?

   こちらでは、3月2日散髪に行った帰り道、木蓮が見事に咲き誇っていたので、今、撮影してきてアップしたのが左の写真です。画像をダブルクリックすると、拡大写真を見られます。

1.    2月25日、古文書館でちょっといいことがありました。

   館長のレオナルドさんの秘書エリーザさんが、撮影中の私たちのところにやってきて、「帰る前にオフィスに立ち寄って下さい」と言うのです。何かなと思いながら正午頃顔を出すと、この二人のほかに学芸員のキアーラさん、ヴィルジーニャさんもいて、私たちを待っていたようでした。館長さんは何か私たちのお手伝いはできないか、私たちのプロジェクトをもっと早く完成させられるように、古文書館にして欲しいことはありませんかと尋ねてくれました。言ってもらえれば、古文書館で予算請求をして、バックアップしますということです。
   今から考えると、これは私たちが始めたDATINI帳簿の映像化と帳簿内容のデジタル化のプロジェクトを古文書館としても早く完成させたいところだけど、私たちが始めたことに最大限の敬意を払って、私たちからこのプロジェクトの主導権を奪わないかたちで、後援しようという配慮だったんだと思いました。こういうところは、彼らの立派なところです。予算措置は写真撮影と帳簿内容のデジタル化の両方について要求するそうです。でも、ここはイタリア、いつ予算が下りるのかは分かりません。でも、親しくしてくれているクリスティーナとカルロさんにこのことを話したら、びっくりして、予算が下りたら必ず年度内に消化しなければいけないから、かなり、この話は具体的だよと話してくれました。もちろん、私たちには願ってもないお話で、このプロジェクトの完成までの期間を短縮するためならば、何でも大歓迎です。私たちの返事に4人ともとても喜んでくれました。
   Pratoに来てから、5年と3ヶ月。私たちのプロジェクトの評価もよくここまで来たと家内とひそかに祝いました。まぁー、これまでどおり私たちは毎日やることをやりながら、その波が来たら一緒に泳ぎきりましょう。


2、   前置きはここまでで、ここから私たちにとってIVAの負担感は実際にどんな感じかについて書いてみます。

   イタリアの付加価値税は最高税率22%で、軽減税率には4%、10%があります。例えば、去年の12月10日のお買い物からピックアップしますと、4%の適用はパン、牛乳、生野菜、バター、小麦粉、乾燥クコの実、チーズ(パルミジャーノ・レッジャーノとペコリーノでしたが両方とも4%)、10%は箱入りスープ、ヨーグルト、生魚。22%はグレープフルーツ・ジュース、にんじんジュースでした。この日の買い物金額は税込みで38.55ユーロ。IVAは2.99でしたので、平均税率は2.99/(38.55-2.99)=8.4%ということになりました。チーズが4%というのはチーズ好きの私にはとてもいいですね。ジュースについては22%というのも意外です。加工度から言えば、バターは製造プロセスを経ていますし、逆にジュースの製造プロセスがそれほど高度なものとも思えません。何を基準として、税率区分をするのかは分かりづらいですね。右のレシートのサンプルは2月5日のもので、その一番下のところに、B: IVA 4%、C: IVA 10%、D: IVA 22%と書いてあり、このB,C,D,の符号がレシートの各商品アイテムの値段の右横にふってあります(このサンプルの2番目の項目がワインで、この日は半額でした)。

   その後のレシートでは、12月18日、生野菜はこの日もすべて4%、チーズ(エメンタル)もやはり4%、朝食で食べるシリアルと鶏肉は10%、ワインは22%で、泡だて器も22%でした。平均を取ると、4.15/(36.3-4.15)=12.9%という値でした。ワインは上質なものが安く手に入るとは言え、生鮮食料品と較べると値がはりますから、ワインが買い物に入ると平均税率も上がります。ちなみに、ワインを除くと、この日の平均税率は(4.15-1.6)/(36.3-4.15-(8.9-1.6))=10.3%でした。その他の日でレシートが残っていたものからデータを取ると、以下のようでした。

(日付, 税込, IVA, 税抜, 平均税率, ワイン代(IVA込))
12/23, 30.58, 3.15, 27.43, 11.5%,   7.99)
12/29, 18.98, 1.31, 17.67, 7.4%,   0.00)
01/05, 27.95, 1.98, 25.97, 7.6%, 0.00)
01/23, 25.62, 2.46, 23.16, 10.6%,   4.90)
02/05, 35.46, 4.23, 31.23, 13.5%,   12.50)
02/23, 29.93, 2.94, 26.99, 10.9%,   0.00)

   野菜、果物、牛乳、チーズは安くて品質がよく税率も4%と低い。肉は10%だけど安くて品質がいい。生魚は種類が少ないし、貝はムール貝、アサリなどに限られているので日本の方がいい(でも、去年から若い二人が手を組んで魚屋さんを近くに開店したので、よく買いに行っては品評をしているので、そのうち、これも段々日本に近づいて行きそう)。私たちはエンゲル係数が高いので、食料品について軽減税率があるのは、やはり、歓迎できます。平均税率は、ワインを買わなければ8%以内に収まりそうです。ここのところ、おいしいワインを安く売っていたのでちょっと余分に買ってしまったかな。夏、日本で買って飲むワインは殆ど、チリ産かオーストラリア産ですが、価格帯は税抜で700-800円程。ここで最近買ったワインは殆ど2.45ユーロですから円換算で300円程度。ですから、税率が高いものであっても、最終的な負担感は大きくありません。結局、税率よりは元となるモノの値段と品質が決定的に重要な気がします。




ボローニャ再訪

(2019-02-02)
     Bolognaで北斎・広重展があることをFerraraで知ったときから、家内と行ってみようかと話していましたが、その頃はまだ私の滞在許可証が未交付で、踏み切る気持ちの余裕がなかったのです。ところが、1月15日、申請の11ヵ月後にやっとこれが交付され(ということは残りの有効期間が1ヶ月と1日だけという馬鹿みたいなタイミングで)、何か憂さ晴らしをしたいような気持ちで思い切って出かけました。前回は日帰りでしたが、今回は一泊旅行です。
Blgn見取図
1.まず、ボローニャ空港の下見から

    私たちの主たるお目当ては北斎・広重展ですが、ボローニャ空港からボローニャ中央駅までの移動リハーサルももうひとつの目的でした。フィレンツェ空港からの便が強風で飛び立てず2度もボローニャへバスで移動し、一泊し、そこから日本へ飛び立った因縁の空港をゆっくり見ておこうと思ったのです。そのときは、2度とも朝4時半に起きて空港近くのホテルから迎えのバスに乗り出発という慌しいものでしたから。折角、他の街に一泊するなら、その街を見たらいいのにと思うでしょう?でも、悲しいかな予定便の欠航という番狂わせの後では、とにかく日本に無事帰ろうという一心が先に来て、なかなかその気持ちにはなれないのです。

    さて、ボローニャ空港はボローニャ中心街の北部にある鉄道駅Bologna Centraleの北西約5km程のところにあります。ボローニャ空港の見取り図は(到着便についてだけですが)上の図のような具合になっています(出展、「ボローニャとモデナの真ん中田舎暮らし」 http://blog.sollevantetour.net/post-1509/)。到着便の出口はひとつです。そこから、まず、バスの切符を買い、バスに乗ればいいだけの話ですが、いろいろ番狂わせがあるのが旅行。

    まず、バスの切符をどこで買えばいいか。出口の先にスーパーのカルフール(図の15。画像の上でクリックするともう少し見えやすい画像に切り替わります)が見えます。ここのレジでボローニャ中央駅行きバス(Aerobus といいます)の切符を買いましょう(6ユーロ)。何人かで行った場合は、スーパーの前にベンチがありますから一人だけ中に入って買って下さい。店の中の通路は狭いし、挨拶もせずに何人もお店に入ってバスの切符しか買わないで、そして挨拶もせずにぞろぞろ出てくるのは、イタリアではあまり感じがよろしくないからです。それと、ここは空港内。案の定、普段Pratoのスーパーで買う価格と比べると2倍以上です。急いで買っても馬鹿を見るだけですよ(これからボローニャを発つという人が買い物の忘れものしたというときはここで買うのも悪くないかも知れませんけどね)。ですから、一人だけカルフールのお店に入ってバスの切符を買いましょう。なぜ、バスの切符売り場で買わないかですって?それはカルフール以外では自動販売機でしかバスの切符を買えないのですが、この自動販売機に問題があるからです。4台ある販売機の一台はコイン用、他の3台のうち2台は壊れていて、一台だけが動く状態と考えた方がいいでしょう。ユーロのコインをお財布にジャラジャラ入れてイタリアの空港に降り立つ人は殆どいないでしょう。ですから、コイン専用の販売機は閑散としています。ということは、残りの動く販売機の前だけ順番待ちの列が長くなります。そして、お札を入れたけど途中で先に進めなくなって、しかも、お札が戻ってこなかったらどうします?現に見ていたらそういう人がいました。しかも、後ろに待っている人が沢山いる状況では、ニッチもサッチも行かなくなるのです。ですから、カルフールのレジで生身の人からバスの切符を買うに限ります。

    切符を買ったら100m程進むと、図の7番のMondadoriという本屋さんが見えてきます。その左側通路の真ん中(図の8番)にはボローニャ名物のハムなどを売っているお店が見えます。このお店はエスカレーターの下にあります。この8番はボローニャ空港の正面玄関になっています。ここから外に出て下さい。出たところで、右向け右をすると、バス乗り場が見えます。それがお目当てのバス乗り場(図ではバスのマーク)です。タクシー乗り場は正面玄関を出て左側にあります。バスは25分あればボローニャ中央駅に到着します。また、日中は約10分に一本出発しますので、慌てて乗ろうとしなくても大丈夫です。バスに乗ったら、切符の刻印を忘れずに!

2.ボローニャ旧市街をバスで走る

    駅からチェントロ(centro、中心部)までのバスに乗ってみました。前に来たときはチェントロのマジョーレ広場まで歩いてしまいましたが、バスという手段も必要なことがあるでしょう。まず、切符。バスの切符は普通はTabaccheria(タバコ、印紙、トトカルチョくじなど売っている)で買います。PratoでもFirenzeでもそうです。そこで、周りをぐるぐる見回してこれを探したのですが見つかりません。Emilia-Romagna州とToscana州では違いがあるようです。仕方なく、駅前に止まっていた空港行きバスの運転手さんに尋ねました。すると、すぐ目の前のT>Perと書いてあるところが売り場でした。T>Per(Trasporto Passegieri Emilia Romagnaの略)がバス会社だと知っていれば聞かなくても探せたのに。一人1.3ユーロ(バスに乗ってから買うと1.5ユーロ)。

    切符が手に入れば、後は乗り場で待って乗ればいいだけ・・・と思うでしょう。そうは問屋が下ろしてくれないのがイタリアらしいところです。駅前広場の周り中にたくさんの乗り場があって、しかも広場外側の道路沿いにもあちこち乗り場があるのです。ひとつひとつルート図を見ていけば分かるだろうと探し始めました。ところが、知らない地名ばかり出てきて、決め手がありません。駅前広場の周りをひとわたり探索しても、結局見つかりません。仕方なく(またか!)、T>Perの売り場に戻り聞きました。そうしたら、広場外側の大通り沿いに百メートル弱、チェントロ方向に歩いていったところのバス停でD2のバスに乗りなさいということでした。この女性、そのうち、聞きに来るよと手ぐすね引いて待っていた感じがありました。どこ行きの切符を下さいと言って買うのですから、一言教えてくれればよかったのに。さて、道を渡って乗り場にたどりつきました。D2のルート図を探しましたがありません。その代わりT2というのがあるので、これに注目しました。前回informazione(観光案内所)で手に入れておいた市内地図と照らし合わせて、Due Torriなど知っている名前が出てきて、さらに、終点がPiazza Maggioreです。これで、決まり!T2の聞き間違いで確定!こんなことで喜んでいる私たち、まだ旅心を失っていないようです。バスの時刻表は平日と週末祭日では随分違いがあるので注意しましょう。この日は土曜日でOKでした。

    さて、バスが来ました。小豆色の小型の可愛いバスです。最初は大通りを走り、そのうち、段々狭い道に入り込んでいきます。ぐっと、中世めいた石畳の道。道の周りは赤っぽいレンガ造りの建物が迫っています。そんな狭い道でさらに、道の一部を囲って工事などしているものだから、その柵すれすれにバスは走らなければなりません。あぁー、そうか。それで、小型バスなんだ!大きなバスではとてもすれ違いやコーナーを切ることができないんだ。via Augusto Righi, via Oberdan, via Marsala, via G. Petroni, Via San Vitale, via Castiglione, via Farini, via dell'Archiginnasioを経てマジョーレ広場に着きました。後で地図で辿ってみると、2km位しかないのが不思議なくらい。いゃー、楽しかった!前回来たときと全然違うボローニャの風情にぐんぐん惹きつけられました。FerraraよりBolognaは広いのでバスに乗るのもいいですね。降りるとき、「歩行者への警告音が鈴の音で可愛いね。楽しかった。」と言いました。でも、毎日走っている運転手さん、反応はイマイチでした。もう、ちょっと身振り大げさに話さないとだめか。イタリア語は身振りが大事なんだろうけど、できない。

3.Hokusai、Hiroshige展

ボストン美術館からの版画が270点。富嶽三十六景、東海道五十三次など有名どころの他に短歌に題材をとった版画や、魚や花を題材にしたシリーズなど、とても充実していて、来た甲斐がありました。やはり、実物は色彩が違います。そして、殆どA4版位の大きさの版画が細部までくっきり印画されていて、その一部を拡大したパネルが展示場のそこここを飾っていましたが、すべて、驚くほどアップに耐えるのです。これらの浮世絵は

「ボストンの大富豪、ウィリアム・スチュアートとジョン・テイラー・スポルディング兄弟が帝国ホテル等の設計で有名な建築家フランク・ロイド・ライトの協力を得て、明治末期から大正にかけて収集した約6,500枚の世界で最も美しい、「浮世絵の正倉院」と言われる上質な浮世絵版画のコレクションです。
スポルディング・コレクションは、世界最高品質と言われながら、浮世絵の植物系顔料は壊れやすい等の理由により、コレクションを最善の状態に保つため1921年ボストン美術館寄贈の際に、一切の公開展示を禁止。今日まで90年近くにわたり公開されること無く保存されてきました。展示を禁止され、光を遮断した低湿度の管理により、ムシやカビからの害からも免れ、作品の劣化を奇跡的に避けることができました。葛飾北斎、歌川広重、喜多川歌麿、鈴木春信などの名品の初摺りが、摺られた当時の色彩と鮮明さで残されているのはもちろん、スポルディング・コレクションでしか見られない作品もあります。 」(出展、http://amusemuseum.com/ukiyoe/index.html)。

この展示会は寄贈されたスポルディング・コレクションのほんの一部ですが、その保存状態はすばらしく、これほどの充実したコレクションが海の彼方で保有されていることは日本人として悔しいほどですが、彼らの功績は素直に認め、感謝せずにはいられません。これだけの斬新な構図、色彩を生み出し、そして、当時の江戸をはじめとする一般庶民の手に行き渡らせる版画という技法を支えた、彫り師、刷り師、そして版元、これらすべての集合体が浮世絵の隆盛に貢献したこと、そのひとつひとつの要素に注目したいと思いました。

まだまだ、ボローニャについては書き足りないのですが、すでに長くなってしまったので、今日はこの辺で。


また、気分転換。Ferraraへ

(2018-12-19)
(写真はEste城。堀で囲われている。2日目に内部と展示をみました。外部からは想像できないほど、内部は意外と住み心地がよさそう。)

12月14日、金曜日。午前中はいつものようにDatini館で帳簿撮影、午後13:52の電車でBolognaの北40kmあたりにあるFerraraに行きました。

1.スペインからの若い歴史研究者

    この週の月曜日にスペインから若い歴史研究者がDatini館に来て、何やらDatini帳簿を借りて読もうとしていました。彼はイタリア語がすごく流暢です。後で聞くと留学していたわけでもなく、4ヶ月だけイタリアで過ごしたことがあると言っていましたが、ヒアリング、スピーキングともに驚異的です。イタリア語とスペイン語は近いとはいえ、それを上回る要因が彼の能力にあると思わざるを得ません。もう滞在期間が5年を超えたのに、まだ、言葉がよちよちの私たちにとってはうらやましい限りです。話しかけたのは、彼が求めるDatini帳簿が既に撮影済みであれば、それを差し上げようと思ったからです。いい画像を得るためには、それなりの機材と照明と呼吸のあった相棒、そして時間が必要です。前にもロシアから来て何度か顔を合わせていた老教授にPisaの商館の帳簿のひとつの写真をあげたことがあります。

    話を若い研究者に戻すと、彼はCastigliaとAragon王朝そしてValenza王朝時代の地域間商業交流についてすでに3年前から研究していて、今後もこの壮大な研究を続ける予定だとのことです。このために、DatiniのCatalogna地方での帳簿を調べることにしたらしいのです。Datiniのスペイン圏内の商館にはBarcelona、Valenza、そしてMajorca(島)のものがありますが、まだ、私たちの撮影はそこまで到達していません。そこで、今後関係する帳簿を撮影したら連絡するからメールを下さいと名刺を渡しました。すると、私たちのプロジェクトに興味を持ったらしく、かなり長文のメールをくれました。それなら、こんな文献が役立つかも知れませんよとPrato出身でValenza周辺で活躍したTuccio di GennaioについてのAngelaさん(NHKの取材を受けた先生)の論考を紹介しました。その後、Federigo Melisの本のCatalognaに関係する部分もスキャンして送りました。いずれもとても重要な資料をありがとうと丁寧なメールが返ってきました。さらに、短い滞在期間で写真を撮るのも大変だから興味ある帳簿を教えて下さい、私たちが代わりに撮ってあげましょうと申し出たところ、これも喜んでくれ、ではこれをお願いしますと、2冊挙げてくれました。私たちにとっては、いずれすべての帳簿を撮る予定ですから、撮影の順番を変えれば済むことです。

2.Datiniシステムの実演

    私たちは生きている間にDatiniプロジェクトを完了することは不可能ですので、1人でも二人でもこのプロジェクトを推進する協力者、しかも若い協力者、欲を言えば後継者が欲しいところです。いろいろな機会をとらえながらその可能性を探っているのです。他方、古文書館は未だに私たちが撮影した帳簿写真の公開を認めていません。そこで考えました。Associazioneを設立し、Datiniプロジェクトの推進母体としよう。そのsocio(メンバー)はtrascrizione(タイプ起こし)をして入力する。そのためには撮影画像閲覧が不可欠。したがって、socioは当然に画像閲覧権をもつ。これは不特定多数の人への公開ではなく、特定の人に限定したものなので古文書館もクレームをつけることができない。代わりにAssociazioneはsociの名簿を古文書館に提示する。このような方法で、画像公開前であってもsocioには私たちの作業を活かしてもらうことができる筈です。そのための舞台装置としてAssociazioneの定款を作成し、これを公証して貰うことも考え始めました。

    さて、socioに加わりませんかと提案できるためには、私たちのDatiniシステムを実際に見て頂き、どれだけ役に立つものなのか思いを巡らせる機会を提供することが絶対に必要です。ところが、Datiniシステムはインターネットに接続した状態でないと動かないのです。あきれたことに、古文書館ではインターネットに接続することができません。常にこれがネックとなって、私たちはDatiniシステムをお見せするうえで手足を縛られ猿轡をはめられた状態でいるのです。スペインに帰る前に是非見て頂かなくてはなりません。

    そこで考えました。USAにあるホスト・サーバーに置いてある私たちのデータベースでなく、自分のパソコンにデータベースをインストールし、そこにアクセスするようにすれば、インターネット接続をしなくてもDatiniシステムを動かすことができるのではないか。そこでMariaDBというデータベースソフト(ネット上のデータベースと同じバージョン)をインストールしました。インストールは難なくできました。しかし、データベースのアクセスが拒絶されてしまいます。アクセスできなければ何もできません。そこでパラメータを変えながらインストールを3回繰り返し、添付ソフトのHAIDIからアクセスを試みました。恥ずかしながら自分のPCにインストールしたMySQLのホスト名、IPアドレスが分からなかったのですが、これがHAIDIには表示されました。また、ユーザー名は最初は”root”とすることも何となく推測できました。そして、OSがイタリア語になっていたのがパスワードエラーの原因ではないかと考え、日本語のOSに戻し、4回目のインストールをしました。・・・そして、アクセス。やりました。データベースに接続できました!!あとは、ホスト―サーバーのデータベースからexportし、PCの中のデータベースにimportした後、それまでのDatiniシステムの接続部分のプログラムを書き換えれば動くはずです。そして、運よくばっちり動きました。インターネットを介して接続したのと全く変わりません。というか、回線を通じない分、それより遥かに高速に動きます。ここまで来るのに約一日。実はその前に、PratoのコムーネのフリーWiFiが使えないかと、何度も夜寒いなか、コムーネ広場まで出かけていってテストしてみたのですが、接続できなかったり、接続できてもすぐ接続が途絶え、実用にならなかったのです。これで、すっきり。翌日には実演をすることができました。こんなシステムは見たことがないとしきりに感心されました。そして土壇場でsocioの話まで漕ぎつけることができました。

    さて、依頼されていた一冊の撮影とファイル圧縮も終え、彼の滞在中に渡せたし、Datiniシステムの実演もできたので、前から一度行ってみたかったFerraraに出発することにしました。それと、家内の腰の調子が比較的いいので、思い切って行くことにしたのです。旅行の前に懸案が片付いていると、旅先での感度が増します。

(写真は古い街のなかのVIa del Volte。身を寄せ合って暮らしているような暖かさを感じました。)

3.Pratoからの電車

Prato Centrale駅から乗車して、Ferraraまでは120kmほどです。regionaleの電車だとBologna乗り換えになり、この駅での乗り換えが分かりづらいうえに時間がかかるので、intercityという一日一便の電車にしました。これはFreccia Rossaという急行列車と同じように、4人が二人ずつ向かい合う形の席の間にテーブルがあって快適です。そして速い。行きは1時間20分。帰りは1時間10分。これはインターネットで日本からもクレディットカードでティケットを買うこともできます。
https://www.trenitalia.com/
私たちは高齢者優遇のCarta Freccia会員を申込済みですので、これを使って、二人分往復50.8ユーロ(約6600円。一人片道1650円程)。日本のJRよりかなり割安ではないでしょうか。一定時間内にすべて入力できないと入力が無効になってしまうので、すんなりとはいきませんでしたが、家内は予約をやり遂げました。この予約票を印刷して持っていると、乗車前の刻印(これでときどき手こずる)が不要なので、その点もメリットにあげられます。



4.Ferraraの古い街

FerraraはEste家の足跡が強くおされた街です。その昔、ポー河がアドリア海に注ぐ位置にあった街で、Pisaと同じように次第に河が運ぶ土砂が海を次第に彼方に追いやってしまいました。通りの名前にもTerranuova(新しい土地)という干拓によって新たに得られたことを示すような名前が残っています。Este家は代々、優秀な治世者に恵まれたので、街は大いに栄え、その名をルネッサンス期、全イタリア、さらにヨーロッパににとどろかせた街でもありました。

    街は古い街と新しい街とがはっきりしたコントラストを示しています。古い部分は両側から家が迫った通りの上、ところどころに両側から梁を渡して新しい居住スペースを作りだして利用しているところが特徴的で、見るものを否応なく中世の空間に引き込んでしまいます。その通りの舗装は丸石を埋め込んでいてとても歩きにくい。Bergamoの道もこんなだったなぁ。地中海性気候の冬は雨期ですから、気温が下がり凍結したとき、丸石と丸石の間にだけ氷が形成され、頭の部分は滑らないようにしているのではないかとは私の推測です。

    到着した日の金曜日と翌日は旧市街を歩きました。レストランを探して、Salama da sugoというFerrara独特のお料理、大きなサラミソーセージのようなものを茹でてマッシュト・ポテトを添えたものを食べてみました。豚のいろいろな部位が詰まっていて、タンの部位などとてもおいしかった。

(写真の下の方に見えるカボチャのようにごつごつした塊、これがSalama.)

5.Ferraraの新しい街

新しい部分は新地で街の北側、都市計画によって整然と広い街路が通っています。外壁が立錐体状の石で覆った建物のDiamanteの館はこちら側にあります。この通りにはPratoで私たちが悩まされているQuestura(警察)のオフィスが立派な建物に納まっていて、Ferraraならもしかして、滞在許可証の申請・受領のために建物の外で長い間待たされることも無いのではないかと想像してしまいました。近くの植物園に古い木が沢山あったので散策しました。イチョウの木の根元には銀杏が沢山落ちていたので、20個程封をしっかりして持ち帰りました。Diamante館は特に陳列品はなく、美術展スペースとして利用されているようです。日曜日にはクールベの展示会をしていました。荷物を預けて観覧すると体が楽なので入場しました。泉とか洞窟とか海、狩りなど自然を素材にした絵が今回の展覧会のテーマです。実物を見ると、空間感がすばらしい。すばらしい景色を見てカメラを向けてみても、実際に撮れた写真は、撮りたかったものがすっぽり抜け落ちていて、いつもがっかりします。でも、彼の絵には私が撮りたいものが、そして、一瞬の動きがあますところなく捉えてあります。単純に驚き満足して館を後にしました。

    帰りの駅への道すがらのバールで、朝食時にホテルで教えて貰ったPampapatoというFerrara名物のお菓子を買いました。直径13cm位でずっしり重く、外側はチョコレートで覆われ、中にはナッツ、ドライフルーツがぎっしり詰まっていて、日持ちもするそうです。これは後で、CさんやZ君たちと味わうことにしましょう。


プロフィール

SCIUICIdiFDATINI

Author:SCIUICIdiFDATINI
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR