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お金の換算

(2014-02-24)
 2月13日(金)から2月23日まで。

 今回はお金の計算の話です。私たちが確かめたことをここで同じように確かめてみます。(前々回と同じように、右のリンク欄が邪魔して見えない箇所があるときは、このブラウザー画面を最大にしてご覧下さい。また、この写真をダブルクリックすると拡大画面でご覧になれます)。
(Fonte: Trascrizione imitata del originale: Archivio di Stato di Prato, Datini 266 C.14V.)
(出典:Archivio di Stato di Prato, Datiniの蔵書番号266のC.14V.頁を家内が模写したもの。家内は書道を暫くやっていたことがありますから、私の筆写よりは原本により忠実にできていると思って頂いて結構です。)
Calcolo
そのまま当時のイタリア語にしてみますと、こうなります。 
 「Dodecine 14 di lana biancha soda fatta azurina piena; sagiata, s. tredici libra., a chontati chome apare al Libro de' vagielli segn. F, a c.14, sagiata per tutta, lb. cientonove, --------- lb. 109
 Entraci a s. 77 per f., f. 28 lb. 1 s.4,
 Anone dato, a di 10 di giugno, f. venti otto lb. Una s. quatro di moneta, a ragione di s.76 d. otto per f.; fue la moneta, lb. ciento otto s. diecie d. otto; reghò Nicholò di Piero a entrate, a Libro segn. F, a c.6, ----- f. 28 lb. 1 s.4」
逐語訳はまだ理解できていない箇所がありますので省かせて頂きますが、数字の表記に関してまず、重要なことは、誤読を避けるべき箇所では常にローマ数字が使われるということです。

 この写真の5文字目から後の記号のようなものはXIIIIを表わしていて14です。XIVでなく、XIIIIと書いてその右肩内側に小さい丸印が添えられています。Iはiで筆記体で書くと何回iを繰り返してあるのか手がすべってしまうことを自覚して、4回目は丸印を付けてハッキリさせようという躾があるのだと思います。右の欄外にはCVIIIIが見えます。これもCIXでなく、CVIIIIに丸になっているところは一貫していて、109の表記です。右欄外の二番目は まず、f(fpのように見えます). 28、次に lb.の記号そしてjのような 1(いち)が書かれ、その後s(soldiの省略記号).4が見えます。その他、このページの上下真ん中あたりに、77、XXVIII(28),1、4という数字が書いてあること、また、その下の文章の中に埋もれてはいますが、76、otto(数字の8)と書かれていることをしっかりご覧下さい。

 さて、この頁には非常に興味深いことが書いてあります。それは、フィオリーニ金貨の価値と、一般に通用していた通貨であるリラ、ソルディ、ダナーロとの変動する関係が表現されているからです。それは、77、XXVIII,1、4と 76、ottoに現れ、現代の外国為替差損益に相当するものが計算されているのです。

 最初の77は1フィオリーニを77ソルディで換算することを表明しています。売値は109ソルディで記帳しました。上下真中あたりの28フィオリーニを77倍すると、77x28=2156ソルディになります。
 リラとソルディとデナーロの関係は、昔のポンドとシリングとペンスの関係を思い浮かべて頂くと分かりやすくなるように、20ソルディ=1リラで、1ソルディ=12デナーロと固定的な関係になっています。

 さて、記帳の段階では77、XXVIII(28),1、4は2156ソルディ+1リラ+4ソルディでした。ところが、この写真の下半分では1フィオリーニの市場価格が実際に現金化された段階の換算割合では、1フィオリーニあたり、76ソルディと8デナーロであったと書かれています。すると、28フィオリーニは
76(ソルディ)×28+8(デナーロ)×28
=2128(ソルディ)+224(デナーロ)
={106×20}(ソルディ)+8(ソルディ)}+{18×12+8}(デナーロ)
= 106(リラ)+(8+18)(ソルディ)+8(デナーロ)
= 106(リラ)+(1リラ+6ソルディ)+8(デナーロ)
=107リラ+6ソルディ+8デナーロ
実際の売値は28フィオリーニ+1リラ+4ソルディでしたから、結局
(107+1)リラ+(6+4)ソルディ+8デナーロ
=108リラ+10ソルディ+8デナーロ
を手にしたことになります。
 すると、28フィオリーニ+1リラ+4ソルディを109ソルディと記帳したのに実際は
108リラ+10ソルディ+8デナーロしか手にできなかったので、その差額を計算すると、
109リラ=108リラ+19ソルディ+12デナーロですから、これから
      108リラ+10ソルディ+8デナーリを引くと、
9ソルディ4デナーロの換算差損が発生したことになります。この帳簿では現れませんが、この9ソルディ4デナーロの換算差損は別の帳簿に転記されているらしいのです(これから確認します)。

 リラ、ソルディ、デナーロ間の換算を確かめてみると不変で、これらとフィオリーニ金貨との交換比率が変動するだけです。リラ、ソルディ、デナーロ間の換算まで常に変動していたらとんでもなく複雑な会計になってしまいますが、変わらないことが分かり安心しました。いかがですか?見事なものですね。もし、フィオリーニを受け取ってこれをリラ、ソルディ、デナーロに替えた時点で記帳していたら、為替差損の概念は生まれようがありません。しかし、誰かに売ったことを忘れないように帳簿につけるという行為をはじめたことによって為替差損益に目が行くようになる。そうなると、今度は差損益とどう付き合うかという話につながっていく。簿記は天才がやるにふさわしい営みではありませんが、天才でも気付かないことを教えてくれる。そこが簿記の見事さだと思います。ほとんど面白みがない話だったかもしれません。でも、会計ですから、金額の表記と換算はとても大事ですので、少ししつこい説明になったかもしれません。ご勘弁を。
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個人教授

(2014-02-21)
 2月10日から20日まで。

   相変らず、というか、これが正しい姿なのですが、Archivio通いを続けています。でも週末にはMuseo di Tessuto(繊維博物館)や街中から見える丘の方へ散歩に行ったりしています。写真はその丘に登っていったときに偶々咲いていた桜のような花の向こうに見えるPratoの街のスナップです。
   
   今月からイタリア語会話と生活全般の情報を仕入れるために、個人教授をお願いすることにしました。先生はどなたでしょう?そうです。あの、鍵を持たずにドアを閉めてしまったときに助けてくれた同じ階の方の奥さんです。CRTさんでそのご主人はCRLさん。CRTさんはDatini館関連でお勤めでしたが、今は求職中です。ですから、Datiniの方たちをよくご存知です。お願いしたときは、教えた経験がないし英語もできないから無料の話し相手なら、と少し消極的でしたが、始めてみるととても察しがよく、教えることに熱心で宿題まで出してくれてここでも私達はサボれません。無事最初のお試し無料レッスンを終えて、2回目からは有料にしてもらいました。お二人には間もなく10才になる息子さん(Zくん)がいます。
Pratoの丘から
   Archivioでは先週、今週と、小学生に向けたレッスンをしています。先生はあのCさんと、なんとこの分野で知らない人はないという博士EC女史さんです。このレッスンが閲覧室で始まると、その裏にあるトイレにいけなくなってしまいます。正確にはこの600年以上建っている建物の構造上、館長さんのお部屋を通り過ぎないとそこへ到達できません。ところが、ここの小学生たちは立派ですよ。9時から12時過ぎまで熱心に先生の話を聞いているようなのです。CさんもEC女史も大声でまくし立てながら、全然中断しません。でも、子供たちにしてみれば、先生のお話に惹きつけられて時間がたつのを忘れてしまっているだけなのかもしれません。本当に羨ましい学習機会です。私達もできれば聴講したいのですが、この小学生たちの方がはるかにイタリア語に長けていて、とても私達にはついていけそうもありません。というのも、家庭教師の先生がピノッキオの絵本とDVDを貸してくれたので、聞いてみたところ、全然ついていけなかったのです。難しい単語も織り交ぜてあって、本当に子供たちは分かるのですかと聞いてみると、分かると言うのです。すごいな!子供の言語学習能力は!私達の認識では、高度な(抽象性の高い)語彙ほど英語、フランス語、イタリア語など共通性が高まってきて他国人にとって分かりやすく、逆に、生活に密着した(具体的な)語彙ほど他国語で暮らしてきた者には理解しづらい傾向があるのですが、ここの子供たちは最初からかなり豊富な語彙にも曝されているようなので、恐れ入ります。このレッスンがあると、古文書閲覧室から私達は締めだされて、隣の丸テーブルがある部屋で読むことになります。これはまた、同じ古文書を研究しようとする人たちが一つのテーブルを囲むわけですから、何か共同体意識みたいなものが自然に醸し出されて、挨拶を交わすようになってくるのです。

   今回はDatini時代の、10進法ではないお金(フィオリーニ、リレ、ソルディ、デナリ)の足し算について整理したいと思って書き始めたのですが、どうもそこまでいけません。これは次回ということでお許し下さい。







古帳簿を読み始めました。

(2014-02-11)
 1月17日(金)から2月9日まで。

 古い帳簿(N教授が1ヶ月間借りて下さった、DatiniのPratoでの染色業の帳簿Libro F)を、ほったらかしにしておくわけにもいかず、試しに読み始めました。当時の帳簿の最初のページには必ず祈りの言葉が書かれています。その写真をここに掲載できればいいのですが、著作権の縛りがあってそれができません。窮余の策としてこれを筆写して撮影したもの下に載せます(問題ないことの確認をArchivioのCさんにお願いしたところ館長さんがかけ合ってくれOKということになりました。模写だからといってバカにしないで下さい。かなり原書の雰囲気が出ていて、原文をすらすら読めるCさんがウッソーと驚いてくれたんですよ。右のリンク欄が邪魔して見えない箇所があるときは、このブラウザー画面を最大にしてご覧下さい。また、この写真をダブルクリックすると拡大できるようになります)。
(Fonte: Trascrizione imitata del originale: Archivio di Stato di Prato, Datini 314 C.1R.)
(出典:Archivio di Stato di Prato, Datiniの蔵書番号314のC.1R.頁を筆者が模写したもの)
AlNomediDio
 これは私たちが最初に読み解こうとしたページですが、家内のわずかな聖書の知識を120%動員して、意外とかなり読めたので「私たち天才かも!?」と自画自賛した記念碑的ページです。そのまま当時のイタリア語にしてみますと、こうなります。 
 「Al nome dell'onipotente Dio e della groliosa Vergine Madre Madonna Santa Maria e del Santo messer Stefano primo martire e del beato messer Santo Giovanni Batista Evangelista e del Santo messer San Piero e del beato messer Santo Nicholao e di tutta la celestral corte di Paradiso e di guadagno qui apresso in questo libro scrivero tutti choloro che dovranno avere da me Nicholo di Piero cioe di ghuado e di robbia e d'alume e cennere da vagelli 」(全能なる神の御名において、また、栄えある処女聖母マリア、祝福されたる最初の殉教者ステファノ、祝福されたる洗礼者・福音者聖ジョバンニ(ヨハネ)、祝福されたる聖ピエロ(ペテロ)、祝福されたる聖ニコラオ(ニコラス)、そして天空に存します天国のすべての庭園、そして稼得、これらすべての名において、私ニコロ・ディ・ピエロのもとに受領すべき染色で用いるグアド(染料の大青)、ロッビア(アカネ色の染料)、明礬(染料定着剤)及び灰から得るところの稼得をこの帳簿に記すものなり。)
 神や聖者と儲けが最後には同列になってしまうところに、大真面目なおかしみを感じますが、こんなことを帳簿の最初のページに必ず書いて、次のページから帳簿の本体を記帳する習わしになっています。

 これまでの3週間(たったの?)の経験から、読み解く上で役立つことをまとめてみました。
 何と言っても、まず、
①コンテクストを理解する能力です。私たちが読むのは当面、染色会社の帳簿ですから、染色ビジネスという経営環境を理解する必要があります。現代の会計監査でも税務顧問でも、お客さんのビジネスを理解することがいい仕事をする上での前提ですが、Datiniの場合も同じだと思います。こういう語だろうと勘を働かせて単語を思い浮かべることができれば、ずっと読みやすくなりますが、それはコンテクストの理解に下支えされてはじめてできることです。当時の染色産業・羊毛繊維産業についての知識をこれから増やしていく必要を痛感しています。次に
②どうしてもイタリア語の語彙の蓄積がもっと頭の中にあって欲しい。商売をする上での語彙も当時の生活で使われる語彙も同じように重要です。また、カトリック信者とならないまでも、生活のリズムをつくっている宗教に基づくお祭りやしきたりは知っておきたいところです。この分野も追々知識と体験を増やしていきたいと思います。
③手書きですので、記帳者の癖を掴むと読みやすくなります。特にSとPとQとHは似たように書かれるし、LとB、MとNとUもやはり区別が難しい。また、CHやDの書き方にも癖がでやすいようです。最近、書き手固有の筆順にも注目し、そのため筆写が読む上で役に立つことを発見しました。
④省略記号を知る必要があります。これはその使用頻度が高い上に、この知識がないとそこで完全につっかえて前へ進めません。帳簿ですから同じような表現が多く繰返されます。それを一つ一つ手で書いていたわけですから、略号を使いたくなる気持ちは、読んでいるうちに理解できるようになります。略号が定型化・標準化されていればいいのですが、ときに創造力豊かな書き手もいて、略号が発明されたりしてしまうと困るなと思っています。
⑤固有名詞を知っていると文章は読みやすくなります。今の英語では固有名詞を大文字で書きますが、当時のトスカーナの人は大文字で書いてくれません。ですから固有名詞が普通名詞やその他の言葉に埋もれてしまっています。
⑥日本の古文もそうですが、句読点を使わない書き方をしていますので、これらを補うことができると読みやすくなります。また、一つの単語が切り離されていたり、二つの単語を繋げて書いたりすることがありますので、これを頭のなかで、逆に、繋げたり離したりする発想をもつと読み解きやすくなることがあります。

 読んでいて、帳簿を読んで入力するプロジェクトでよかったね、と家内と胸を撫でおろしています。というのは、例えば、手紙を読むことを考えるとどうだったでしょうか?帳簿であれば事実が淡々と書き連ねられていくのに、手紙だといろいろな考えや、好みや、想像したことや、反論や、叱責や、悔いやら何が出てくるか分かりません。当然上の①や②で書いた基礎知識は格段に広く深いものになってしまうでしょう。また、何と言っても帳簿は繰返しが多いので、これが私たちにとっては楽(のはず)です。実際、読むスピードは同じ帳簿(同じ書き手)であれば、初日と一週間後を較べると3倍くらい速くなっています。でも、分からない単語が出てくるとそこで四苦八苦して、ぐっとスローダウンしてしまうのですが。もちろん、大きな辞書にも載っていない単語や、現代とは綴りが違っていたりするものもありますが、これまでのところ、想像していたほどは古語を意識せずに済んでいます。

 こんなことで、私たちの生活にリズムができてきました。5時半起床、小一時間二人で腰痛体操をしてから、朝食。寝るのは9時。起床と就寝は日本での生活と全く同じです。月曜日から金曜日まで、毎日9時にDatini館に行き、12時まで古帳簿を読みます。但し、市場のある月曜日の朝だけは野菜と果物とパンを買いに行った後、一旦アパートに戻って、Datini館に10時までに行きます。午後は昼寝と基礎知識を増やすためやイタリア語を身につけるための読書、また週に2回のスーパーや総菜屋での買い物。夜は読書やとりとめもなく辞書を引き続けたりしています。日曜日はお店が休みなので、お買い物はできない代わりに、ここでの唯一つの運動となっている散歩をしたりしています。写真は昨日散歩したとき撮った広い野原で放し飼いされていたウサギです。ウサギの肉はスーパーで普通に売っていて、鶏肉に似ていますが、食感がもっとしっかり柔らかで、味も深みがあります。このウサギは今に食べられてしまうのでしょうか?


最後の荷物

(2014-02-01)
1月19日、日曜日

 プラートの東に広がる丘の上に行ってみようと、ちょっと雲行きの怪しい空を睨みながら朝出かけました。アペニン山脈に源を発するビセンツィオ川にかかるダティーニ橋を渡ります(この川はプラートの駅の近くもとおっているのですが、おしどりや、色々な水鳥、ビーバーに似た、けっこう大きい動物が泳いでいるのをよく見かけます)。しばらく行くとゆるやかな勾配になり、オリーブ畑が広がっていました。黒いオリーブがまだ木に残っていたので、ちょっと失礼して食べてみると、渋くて、生で食べるものではないようです。道の途中に鉄柵の門が設置してあったので、不審におもいながらもさらに登って行くと、上のほうに向かって豪邸がぽつぽつと斜面のあちこちに広がっています。どうやら私道に入り込んでしまったようでした。雨が降り出したこともあり、この日はここまで、また新たに挑戦することにしました。

 1月22日(火)。届いていなかった最後の荷物ですが、結局また銀行のLさんに電話してもらいました。フリーダイヤルなのでなかなか通じず、「15分待って通じなかったら又にしようね。仕事の電話しなくちゃいけないから」(もちろんです!)。無駄話をしながら待っていると、10分でつながりました。質問内容をメールして出すと、48時間以内に返事がある、ということをLさんは聞き出してくれ、さらにメールもだしてくれました。その午後Lさんから電話があり、銀行にかけつけると、こういうことでした:前回FAXで送った荷物のリストの見積金額が25万円になっているが、この金額だと700ユーロの関税がかかる(円をEUROの金額と見間違えた?)。関税がかからないように見積金額を5000円以下にし、書類を提出しなおしたらどうかと。

 どうやらポストイタリアーナは親切心から私たちに連絡をとろうとしていたようです。日本から荷物を出すときに書いた電話番号が、唯一イタリアで知っていた大家さんの番号だったので、その後運送会社を通して何度も電話番号変更の申し入れをしたにもかかわらず変わっていなかったのが問題でした。大家さんは私達の電話番号を知っていますので連絡を受けたときこの番号を知らせればいいはずですし、運送会社は私達の問合せメールに対して直ちに調べてご連絡しますという返事はすぐよこすのですが、感心なのはそこまで。後はなしのつぶてで何の役にも立ちません。それにしても、ポストイタリアーナは親切なのか不親切なのか、よく分からなくなりました。関税についてはおそろしく親切だったのですが、遅い点については、いつまで待ったらよいのか分からないこの中途半端な時間のなかで、重複覚悟で買い物するか買わないで手持ちのもので不便をしのぎながら待つか判断が難しい状況に陥れるのですから、この点ではなんと言っても不親切です。郵便屋さんなのですから電話がダメなら葉書だっていいじゃないと思うのですが。とにかく、L嬢に言われて書き直した書類をまたFAXしてもらいました。結局、今回も立派に問題を片付けてくれたのはL嬢です。電話をかけるときは、「MPS銀行のLLです。私のクライアントはとても忙しいので代わっての電話ですが・・・」という具合に、私たちが銀行にとって大事な顧客であるかのような調子で格調高く話してくれ、またコピーをとったり、電話したり、FAXしたりしてくれるのですから、そのうち上司からお目玉食らうのではないかと心配になります。でも、L嬢は全然気にしている様子はありません。いつも、満面の笑みで、じゃまた何かあったら来てねと見送ってくれるのです。

 その6日後の1月28日(水)、外から帰って来ると、1階入口の郵便受けの前に、荷物がゴロリと置いてありました。郵便局に取りにいけば、パスポートを見せろとか、サインしろとかうるさいのに、こんなことしてもいいんだ!と何だかおかしくなりましたが、前回、3回も台車で運んだのを見ていて気の毒に思ってくれたのかもしれません。取りに行かなくて済んだこともありがたいし、2ヶ月かかりましたがようやくこれで決着し、ホットしました。荷物には開封して中をチェックした痕跡はなく、これで7つとも開封はなし。それでは、最近イタリアでは税関が厳しくなって時間がかかっていますという運送会社の説明はなんだったの?こちらもあちらも連絡を待ちあっているだけで時間がかかっていただけだったのね。

 その晩、12月21日の記事「やってしまいました!」で書いた、ドアの鍵をこじ開けてくれたまだ名前も知らないアパートの同じ階のお宅へ伺いました。あらためてお礼をしに行かなくてはと思いつつ、7個目の箱に入れておいたお礼の品になりそうな和風の小物を首を長くして待っていたからです。箱を開けて最初に確認したのは、これでした。ブザーを押すとご主人が「Buonasera!どうぞどうぞ」と招き入れてくれます。品物を差し出すと、ご夫婦ともとても喜んでくれ、あれこれその品物のことを話しましたが、日本の感覚からすると不思議なことに、私たちはこれは先日のお礼ですとか言うまがありませんし、彼らもどうしてこんなものを頂けるのですかとか、一切話しません。単にお近づきの印とか好意の表現みたいなものなのでしょうか。理由はいらないのです。そのまますっと対等の関係に入れるので、とてもさっぱりしていて気持ちがいいものです。このお宅は入口を入るとすぐにとてもきれいなキッチンカウンタがあって、その周りに腰掛けると、ご主人がすぐ、ワインの栓を開けて注いでくれました。Datiniの研究に日本から来ているなんて、プラート市民として嬉しいし、ArchivioのCさんやDatini研究所のC女史も知っているよとか、プラートは今不況の真っ只中で奥さんも失業した話、家族でフィレンツェやシエナやいろいろなところを見て回っているけど一緒に行かないかとか、今度一緒に食事しようとか誘ってくれたりしました。私たちも何とか話そうとし、これまでになく話しましたが、つっかえつっかえのしどろもどろイタリア語を、じっと待って聞いてくれます。殆どの人は話が終わる前、というよりこちらが話し始めるとすぐ勝手に早合点して話し始め、話させて貰えないことが多いのですが、じっと聞いてくれることにその人の落ち着いた人格を感じさせられます。一時間足らずだったのに、こういう人が近くにいてくれる安心感を覚えさせるとても快いひとときでした。奥さんとご主人のお名前も聞き、そばで一人で静かに遊んでいた一人っ子の男の子とも握手してお暇しました。


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