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また始まる一年へのひと区切り

(2015-11-29)
2015年11月28日

(世界でもっとも古い大学、ボローニャ大学は創設1088年から475年もの間、街のあちこちに学舎が散らばっていました。これをひとつの建物に統合した最初の大学棟がArchiginnasio(アルキジンナジオ)館。写真はその中の2階にある解剖学大階段教室です。内部はすべて板張り。当時、教会は人体解剖を禁じていました。しかし、真理を求める人たちは教会の権威よりも大事なものを知っていたのですね。おもわず厳かな気分にくるまれてしまう場所です。)

 私たちの滞在許可証は11月30日で期限が切れるので、12月1日に郵便局から更新申請書を発送しなければなりません(この申請には結構お金がかかります。印紙代16ユーロ、申請料107.5ユーロ、郵送料31.5ユーロ全部で155ユーロ(22千円位)も!しかも、これ一人分)。そのためには、まず、ダティーニ研究財団から招聘状を発行して頂き、パスポート写真のようなものを用意し、パスポートのコピーなどの書類を整え、移民サポート事務所に予約して、その約1週間後に面接しながら申請書類を作って貰います。最初の年2013年には、到着後8日内という申請期限を危うく失いそうになったりなど数々の大変な思いをしたことは、このブログをお読みになった方は既によくご存知と思います。今年は3回目の申請なので手順は心得ています。証明写真も去年はPrato中の写真屋をあちこち覗いてあるいて、扱っているかどうか、開店時間はいつかなどずいぶん歩き回りましたが、今年はDatini館に毎朝通うサンタ・トリニタ通りの写真屋さんにお願いしました。この写真屋さんは店は開いていても殆どお店にいません。サンタ・トリニタ通りのあちこちの人のお店にいっては井戸端会議をやっていたり、バールでおだをあげていたりします。ですから、お店にいなくてもこの通りのどこかにはいるはずです。今年はこの一年間の観察成果を生かして、通りでたまたま見かけたとき、証明写真を撮ってもらいたいけど、いつならいいかと聞き、今すぐでもいいよという返事。でも写真を撮るには身支度があるから12時でお願いしますということで、その日の12時半には証明写真ができあがりました。印紙、そう、これは郵便局でなくTabaccheria(タバコやバスのティケットその他いろいろ売っているお店)でないと売ってないんでしたよね。・・・てな具合で、大事なのは招聘状です。

(左写真は同じ建物の1階。回廊の壁一面にボローニャ大学で教鞭をとった学者、そしてここを卒業した学生の紋章がところ狭しと張ってあります。別の場所では天井にも。ボローニャ大学にはヨーロッパ中から学者、学生が集まってきていましたから紋章もさまざまらしい。それにしても、なんとも立派な紋章、そして、建物、内装だこと。学生が組合を作り、大学を運営し、教授を雇っていたそうです。だから、真理の探究をする学者だけが学生組合から支持され教壇に立てたとのことです。学ぶ側も教える側も求めるものが一致していれば、そこからすごいものが生まれてくるでしょう。)


私たちはDatini財団の指導教授をして下さっている3先生との間で、それまでの一年間の成果をレポートしなければならないなどという取り決めはなんにもありません。でも、招聘状(Lettera di invito)と名がつくものの発行をお願いするときに、これまで一年間何をやってきてどうなったか、そして次の一年何をするのか位は、はっきりと説明してお願いするのが日本人としての筋だろうと考えています。そこで今年も招聘状の発行依頼メールにはそのことを書き添えました。2週間位かけて11月10日に発信。この2週間は、そのまま文章にすると格好がついていない部分が気になってきてプログラムを追加したり手直ししたり、さらに入力データのチェックをしたりと、文案と作業の往復で土壇場での時間がかかってしまうのです。もちろん、適当なイタリア語表現をさがすにもすごく時間がかかります。その甲斐あってか、招聘状はすぐ作って下さり、17日には受け取ることができました。今年はこれに加えて、PCを実際に操作しながらのデモンストレーションをご覧いただきたいと伝え、11月25日に3先生の一人のご自宅でプレゼンをしました。この先生は今年の3月、ご自宅で意識を失い、消化器に内出血をしていて、何日もの昏睡状態の後、奇跡的に意識にも記憶にも異常なく回復されました。ただ、毎週2回血液透析をする必要が生まれ、また、長い入院生活で脚力が弱り、Datini財団の階段を3階まで上がっていくのが困難になってしまいました。そこで、私たちが他の先生方と一緒にこの方のご自宅へ伺ってプレゼンをすることにしたのです。
プレゼンの語りと資料の印刷の準備、またプログラムやデータのチェックで8日間かかってしまいました。プレゼンは口頭でできるよう自分で書いたイタリア語を覚えているはずが、ほとんど出てこないので、原稿を読む羽目に。でも、先生方はすごく察しのいい聡明な方たちですので、なんとか、私たち作業内容は理解して下さったようです。大先生が「Gran lavoro!」と言って下さったので、これは「Great job!」という意味だろうと解釈し、一応、大成功ということにしました。私たちにはどうも語感がぴんとこないので困りものです。そして、今度学術研究のセミナーでプレゼンの機会を設けるからやって欲しいとも言われました。大先生がお声を掛けると錚々たるメンバーが10人位は集まってしまうのでないかと、心配になったので、準備が出来てからにして下さいと申し上げましたが、じゃ、準備ができたら言って下さいということになりました。若先生からは操作マニュアルを作って下さいと言われました。これらの準備はすごく大変なことになりそうですが、私たちの命の残り時間から逆算すると、まさに私たちこそお願いしなければならなかったことなのです。


(右写真は二つの塔。サン・ジミニャーノだけでなく、ボローニャでも競って高い塔を作ったお金持ちがいました。右側のガリゼンダの塔は傾いて危なくなったので48mの高さまで削られました。左側のアジネッリの塔は97m。ともに12世紀初期の建造。上に小さく人の姿が見えましたから上れるのは確かですが、かなり大変そう。でも、すばらしい眺めでしょうね。)

さて、こういった宿題を抱えてまた新しい一年が始まりますので、ここで一息入れようと、昨日ボローニャを訪ねてきました。Prato中央駅から各駅停車で70分、距離にして約100km、電車賃は片道一人8.15ユーロ、北側のアペニン山脈を越えて山向こうの町です。朝の列車内は暖房がなく、寒くて風邪を引きそうになりましたが、ボローニャについて駅のすぐそばに広がる公園を越えると土曜日恒例のメルカートをやってました。そこで、まず古着のセーターを2ユーロで買って重ね着して、何とか体を温めなおしました。
街はほぼ平坦で中心部のマッジョレ広場まで駅から南方向へVia dell'Indipendenza沿いに歩いて15分くらい。お昼は聖ステファノ教会の前のレストランでミートソースを載せたタリアテッレとレンズ豆、ニンジン、ポテトのミネストローネとミネラル水を注文。このタリアテッレは評判どおり最高の味と食感でした。ちょうど私たちの胃袋にあった分量で、二人分で28ユーロ。

(左写真はボローニャの街を縦横につなぐPortico(アーケード)。雨に濡れずにどこまでも行けそう。ナターレ(X'mas)の飾りつけもしゃれています。)

私たちはお昼の後、聖ステファノ聖堂、聖チェチリア礼拝堂のフレスコ画を見たり、金物屋でいいコートハンガー用の金具はないかなどちょっと見てから、クリスマス・イルミネーションが輝きを増してきたボローニャを後にしました。
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パーパが町にやって来た

(2015-11-10)

(前日夕方のドゥオモ広場。教会の右側についている丸いきのこのような屋根があるのが説教壇。ドナテッロ作)

今日、11月10日、ローマ法王がここPratoの町を訪れました。と言ってもフィレンツェ訪問が主目的なので、Pratoには朝8時、ドゥオモに安置されているつとに有名(らしい)な聖遺物、「聖母マリアの帯」を見るためらしいのです。この帯は普段は公開されず、年に1度9月初めに写真の説教壇から広場に集まった人に司教が掲げて見せる古びた布で、普段は教会内の鉄柵をめぐらせた一角の中に有る大理石の祭壇のなかにあり、司教とPrato市長が各自持っている鍵の両方が揃わないと開かないというように、厳重に管理されています。

(右の写真はサンフランチェスコ広場。左側建物の窓の下に辛子色と白の旗が見えます。この小旗を持っている人もたくさんいたので調べたら、バチカン市国の国旗の色でした。正式の国旗の白地部にある法王の冠と霊界・俗界の支配権を象徴する金銀の鍵はここでは描かれていないところが面白い。)

前日から沿道、主要広場はすべて駐車禁止となり、各広場に大きめのスクリーンが設置されました。法王のPrato訪問は約30年ぶりで、しかも現法王はイタリア人にとても人気が高いとあってか、朝食もそこそこに8時前に家を出ましたが、ここでは見たこともないような人出でとてもドゥオモ広場まで行きつけません。そこで、古文書館に通う途中のサン・フランチェスコ広場のスクリーンを見ることにしました。法王が写真の説教壇に現れると盛大な拍手と、”フランチェスコ、フランチェスコ、”とコールが起こります。流暢なイタリア語で演説が始まると、皆静まり返って結構長いお話に聴き入っていました。よくわらなかったけど、話の節目・節目で共感をおぼえた聴衆から大きな歓声と拍手があがります。

この広場の端の道をパーパの車が通るということで、せっかくだから一目見ようと待つこと30分、大きなゴルフ場のカートのようなものに乗って来ましたが残念!ちょうどカメラの前で反対側を向いてしまいました。

この後古文書館に行くと、今週もお休み。先週に引き続き本の写真は撮れません。



やはり素晴らしかったSan Gimignano

(2015-11-02)
11月1日(日) サンジミニャーノはプラートからちょうど真南、直線距離にして50km程のところにあります。車ではフィレンツェの西側を通って70km位走ったところに位置しています。今年の5月頃からここへCさん家族に連れて行ってもらうことになっていましたが、お天気や風邪を引いたりして伸び伸びになっていました。それが今日ついに実現しました。一昨日はDanitiプロジェクト進行状況のある程度の報告をメールでFAさんに送ることができて気持ちも軽くなっていて、おまけに今日はちょっと風がありましたが素晴らしいお天気で、紅葉も始まっているトスカーナのドライブを楽しんできました。バスで行くには、まずフィレンツェに行き、そこからポッジボンシで乗り換えですから、うまく行っても片道で家から2時間半はかかるところを、午後1時半に迎えに来てもらっての半日の旅になりました。ありがたいことです。


古くは古代ローマ人の勢力が浸透するまでエトルリア人がのびのび暮らしていた土地だったサンジミニャーノは古代ローマ時代からの交通の要衝にあり商売が栄え、その富の象徴として競って塔が作られたというだけあって、中世の町並みのなかにあちこちに塔が目立つ街です。小高い丘の上を南北に通るサン・マッテオ通りを中心にしてその両側に古い家並みが続きます。ここも観光地ですから、通りの両側はお店で、革製品、ワイン、チーズ、ハム、パスタ、絵葉書、アクセサリー、中世の武具を模したおもちゃなどのお店、そしてバール、レストランが軒を連ねていますが、それでも風情はちゃんとあります。一枚目の写真はこの通りのほぼ中心にある塔からの眺めです。写真では分かりませんが、たくさんの鳥が塔の周りを悠々と飛んでいます。黒い羽のカラスより小型の鳥で雀の声を録音してゆっくり回転させたような鳴き声です。Corbo(カラス)かなと話していると、尋ねたわけでもないのに、Taccola(コクマルカラス)という鳥だと塔の案内の女性が教えてくれました。こういう会話にすっと入ってくるところがなんともイタリアらしくて好きです。もっといろいろ話せればさぞかし楽しいだろうにね!2枚目の写真はちょっと下ったところから見上げた写真で、私達が昇った塔は写真中央の少し左側の鐘楼がてっぺんに見える塔のはずです。この塔は市立美術館と一体になっていて、街の考古学博物館と一体になった共通入場券7.5ユーロで登れますので、サンジミニャーノにお越しの節は見逃せないスポットだとおもいます。高さ54メートルということですが、高台のそのてっぺんから立っている塔ですから、最上階に出ると360度のパノラマが遮るものなく広がっていて、その眺望は以前このブログに書いたピエンツァに引けをとりません。

考古学博物館からさらに下ったところには、旅行ガイドブックに「中世の洗濯場」と記されている屋根付きの泉があります。テルメ(温泉)かと見まごうかのような立派な泉で、これは羊毛産業が栄えていた時代に羊毛を洗う工程で使われた場所で、生活用の洗濯場とはまるきり雰囲気が違います。こんな高台に湧く水はどんなに貴重だったことでしょう。12世紀から14世紀の建造ということですので、Datiniの羊毛加工会社よりもっと前から活躍していたことになります。この洗い場で日が暮れました。10月の最終日曜日から冬時間に変わったため、随分日が落ちるのが早くなりました。3枚目の写真はこの洗い場から坂をちょっと北側に登ったところから街を振り返った景観です。マンハッタンのような光景が12、3世紀からここには見られたのですね。

出かけるときは、サンジミニャーノのあとで、デカメロンを書いたボッカチオの生まれた街へ回ってみようということでしたが、もう日が暮れてお腹も空いてきましたので、帰路につくことにしました。そして夕食はピッツァ屋へ。もう、味本位の一切飾り気なしのレストランで、従業員は皆ボランティア、そして週に2,3日しか開かないのだそうです。ナポリ風と対照的な薄い生地のピサで、私はプーリア風、家内はナポリ風を注文。プーリア風には羊のチーズだけだったのにこれにモッツァレラも載せてくれるよう特別注文、片やナポリ風にのっていたイワシは缶詰でも瓶詰めでもない生を使っていたそうで、それぞれが30センチから35センチ位あるピッツァを平らげたのに、家に帰っても胸焼けゼロで大満足でした。また、ちなみに赤ワインは0.5リットルで税込み3ユーロ、しかも旨い。さすがにこの店の周りに車がびっしり駐車してあった理由が頷けました。このピッツェリアも二人だけで歩いて行くにはちょっと遠いかな。でも、もう一度、行ってみたいところです。


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