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Datiniに向かっていくにあたって

(2013-11-24)
Francesco di Marco Datiniについて私はほとんど何も知りません。えっ、うそだろ!何も知らないで、還暦も過ぎたといういい年した男と女が、はるばる言葉さえ不自由な国へ行ってDatini三昧しようというの?・・・という声が聞こえてきそうです。でも、これからDatiniに向かっていくときに私は、まだ自分で確かめていないことはすべて知らないんだ、という姿勢を保つことを自分自身に命じておこうと思うのです。

ウケウリの知識なら今でもすでに多少あります。ルネサンスの歴史(インドロ・モンタネッリ、ジェルヴァ-ゾ著、中公文庫)の第12章、14世紀の商人を読んだことがDatiniとのかかわりの最初ですし、プラートの商人―中世イタリアの日常生活(Iris Origo (原著),徳橋 曜 (監修), 篠田 綾子 (翻訳)、白水社)も読みました。 でも、そんな日常会話の世界で「知っている」という程度のものを探そうというためなら、日本にいてもやれることはまだいくらでもあります。でも、わざわざPratoに出かけていくのは、Datiniの残した600冊といわれる帳簿、証憑、通信文、手紙に直に触れて、Datiniについての自分なりの何かを発見したいがためです。

とは言うものの、その自分なりの何かを発見する道具である学問的方法のもちあわせが残念ながら私にはありません。経済史の研究ツールを駆使してDatini研究を行うなどということは私には全く能力外のことで、想像しただけで頭が痛くなり退散したくなります。でも、よく考えてみると私には、大学卒業後に足を踏み入れた会計稼業でのクライアントとの協同作業の経験があります。ウマが合うクライアントもあわないクライアントもありましたが、前者のケースでは経営の責任者は必ず鋭い利益観念を持っていたという印象が未だに鮮明に残っています。この利益観念とは、そこから解き放たれて経営意思決定を行うと経営が糸の切れた風船のようになってしまうような経営判断におけるイカリ(錨)のようなものと呼ぶことができます。私は、単なる直感ですが、Datiniとはいい顧客顧問の関係をつくれそうだと思ったのです。そういうハッピーなケースでは、私は勝手に顧客に必要だと考えるプログラムを次々ともちかけ、もちろんクライアントの了承を得ながらですが、私のスピード感でことを進めてきたものです。そんなときは仕事が楽しく、30年近い私の会計稼業があっという間のことだったと思わせる要因になっているのでしょう。そんなわけで、学問的方法は打ち捨てて、Datiniと利益観念を共有するという指導原理で空想上のクライアント関係を築きながら、Datini文書に向かっていこうと思っています。経理は小説より奇なり、何が出てきますやら。
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Buon viaggio!

「小説より奇なり」楽しみですね.Datiniの経理から「奇」が現れるかもしれないけど,すでに出発前から「奇」が漂っているこのブログこそ楽しみです.
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