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滞在許可証が二つ揃いました、一時帰国は来年1月に延期

(2017-11-19)
(写真は北イタリア、マジョーレ湖畔のストレーザで。数々の思い出の舞台となったであろうとある別荘の廃墟越しに、湖と島が見える。)

前回のブログ更新からまた早くも50日経ってしまいました。この間にあったことを生活面と仕事面の二つに分けてみると、まず、生活面では、やっと家内にも滞在許可証が下り、日本からの妻方家族とイタリア国内での旅行ができ、イタリアの健康保険証についての手続き、日本から9月に送った小荷物についての手続きをしました。二つ目の仕事面では、Datiniシステムから帳簿画像の閲覧、計算機機能のみを取り出しこれに特化したプログラムを独立させたこと、そしてDatiniシステムについては、そのシート構成とマクロ(自動実行コマンド)構成を根本的に組みなおす作業をしているところです。この改編はDatiniシステムの帳簿部分をインターネット上のリレーショナル・データベースに移行するための下準備で、これができればひとつのDatini帳簿について数人がタイプ起こし作業を同時に行うことが可能になります。リレーショナル・データベースとしてはMySQLを利用することになるのではないかと想像しています。今回は生活面のなかの手続きに限って、前回の続編を完結したいと思います。

[家内への滞在許可証]

さて、家内の滞在許可証がその場で下りるかどうかの大事な日、10月2日。9月25日に私だけに許可証が下り、その一週間後のこの日、指紋照合の再トライです。この日は私たちは警察の建物の外で待つことはせずに、断固として建物に入っていきました。なぜなら、私たちが列に並ぶとしたら、それはStanza 5という指紋照合のための特別な部屋(Stanza)の前で、滞在許可証の交付窓口の門前ではないからです。この理由付けの基、片時も外で時間を消耗するまいと前進したのです。そして、いつも外の列をときどき観察に来る担当官に、Stanza 5に来るように言われてきたけど、そこはどこかと尋ねました。この人は許可証交付業務の監督官みたいな感じで、これまでの4年間ずっと感じ悪いなぁと思っていた人でした。でも、この日は、自分から先に立って、二階のその部屋に案内し、私たちの要件まで伝えてくれました。おっ!ちょっとおかしいぞ、どうかしたのかな?というのがこの日の第一印象。部屋には女性ばかり4人の担当官がいて、そのうちの一人に、今日は高精度の指紋読取装置が使えないから、こっちに来なさいと例の許可証交付窓口に案内されました。書類は約束通りSatanza5に移管してあったようです。それを持って、結局、前回と同じ指紋読取装置(小型スキャナーのようなもの)で再トライすることになりました。高精度でないと困るんだけどと言っても仕方ないまま、前回と同じ結果になるのではと、とても不安がつのってきました。そのうちいつも交付窓口で仕事をしている女性の一人が受け持つことになり、家内の前、窓口の向こう側に立ちました。そのとき、家内にニコッとしたのです。Big smileです。家内は気にしなかったようですが、私にはいい幸先に思われました。それから例の照合が始まりました。まず、右人差指、だめ、次中指、これもダメ、次薬指、やはりダメ、・・・と延々と繰り返していきます。指の腹側、そこから少しどちらかに転がして、手を左に変えてとか・・・。全部で300回くらいいろいろ試したでしょうか。そして、ついに”Ce l'ha fatta !(やったぁ!)”と小さく叫びました。そして、にっこりしたので、私は思わず窓口のガラスの下の隙間から手を差し伸べて感謝の握手をしました。最悪の事態、家内と別々に日本に帰らなければならないという事態が避けられた瞬間です。あのスマイルは、「今日は何としてもやってやるからね」という覚悟と自信を示すものだったかもしれません。それと、4年目になり、私たちが日本人であることを知っている人が増えてきたのかもしれません。これまでの警察へのいやな感情が氷解しました。少なくとも2017年についてはね。よかった、よかった。

(写真は、リフトから振り返りながら遠く下に見るマジョーレ湖。)

[滞在許可証の期限の余波。フライト予約の変更]

さて、滞在許可証が手に入ったものの、前回ちょっと触れた査証と滞在許可証の有効期間の重複の問題の存在が確定しました。11月に日本で査証申請、12月1日にイタリアに再入国の予定は実行できるのか。これを確かめるため、移民局で相談しようと、警察から帰ったその足で、局に行きました。

やはりここも予約が必要で、結局最短で10月26日の予約となってしまいました。帰国前に必要な査証取得のための手続があるとしたら、これも1週間かかる。しかも、約1ヶ月の日本滞在の前にはPratoで帰国前にやっておかなくてはならないことがありますから、これはもうどう考えても無理。結局、移民局での相談をするまでもなく、10月29日帰国の予定は断念しました。そして、新査証は2018年2月9日から有効なものとして申請しようと決めました。すると、イタリアへの再入国の日は査証交付日に余裕をもって2月15日とし、そこから逆算して、かつ、航空券が安くなる正月休みの後すぐ、1月9日(到着は10日)と決めました。フライトキャンセルによる一日遅れの可能性を加味すると、在日イタリア大使館への査証申請予約は1月12日ということになります。この線でフライト予約の変更手続が必要になりました。

フィレンツェ空港からの便はLufthansa航空では出発が14:35で風の影響を受けやすい時間なので、10月29日出発の航空券はAir Franceの20:25で予約してありました。Lufuthansaのエコノミーでは出発日変更ができなかったという記憶があったのに、Air Franceのエコノミーでは出発日変更ができ、望む出発日、離日日で予約できました。予約変更手数料は往復で二人分56,500円でしたので、まぁ仕方ないか、という金額でした。滞在許可証から派生して余分にコストがかかります。

[健康保険証]

イタリアでは国民と外国からの滞在者を対象としてSSN(Servizio Sanitaria Nazionale)という皆保険制度としての健康保険があり、その在住地域を管轄するASL(Azienda Sanitaria Locale)で手続きをします。私たちはPratoのASLに手続きに行きました。健康保険証の有効期間は外国人については完全に滞在許可証とリンクしています。但し、申請は滞在許可証申請書類を提出すれば、短期の保険証を交付してくれます。私たちの保険証は5月30日に期限が切れていたので、夏の帰国前6月5日に保険証の更新に行きました。すると、私たちの査証は就学目的なので、まず、所定の保険料を納めてその振込領収書を添えて、申請して下さいと言われました。まだ、滞在許可証が交付されてないし、間もなく日本に帰るので、9月になってからでもいいですかと聞くと、それで構わないという答えでした。そこで、Autocertificazione(自己申告)の話もありました。そこでこの自己申告をしてから、保険料を払うのかという推測の基、9月19日にASLに行ったところ、自己申告は保険証の交付を受けてからの手続きなので、それを済ませてから来てくださいということでした。どうも順番が堂々巡りでどうにも進まないなと思いながらいましたが、遅まきながら、滞在許可証がおりたので、11月8日に保険証の申請に行きました。保険料額が分からないので計算してくださいと頼んだところ、すごい高額になってしまいました。これを見て女性担当官は保険証は12月31日までしか有効でないのに、この保険料は高額だから、公的保険でなくプライベート保険に入った方がいいですよとアドバイスしてくれました。私たちのは就学滞在許可証だけど任意加入ということでいいのですねと確認すると、そうですと明確な答え。それでは、年を超えればすぐ日本に帰るのだからと年内は保険なしで行くことにしました。実際は郵便局の任意保険に入っていますが。イタリアの公的保険に加入するのは新査証がおりた後、イタリアに再入国後8日以内の滞在許可証申請に基づいてから申請しようということにしました。

ところが、自己申告の問題が残ってしまいました。私たちはイタリアの法令のすべてをきちんと遵守していたいのです。自己申告は私たちにとって義務なのかどうなのかが分からないのです。そこで、私たちの所得税申告をお願いしているCommercialista(税理士のような専門家)にメールで尋ねてみました。すると、ACLI(Associazione Cristiane di Lavoratori Italiani)という団体があって、そこですべて答えが得られるから、そこで聞いて下さいという返事です。ここも予約が必要なので、意を決して、ACLIのHP記載の番号に電話しました。すると、現在使われていませんという自動アナウンス。そこで、Commercialistaのメールに書いてあった番号に電話。違う番号だったけど、やはり使われてないというアナウンス。仕方なく、歩いてACLIに行きました。私たちの滞在許可証などの事情を話すと、他の人も呼んで聞いていましたが、結局私たちには分からないから、移民局に行って聞くのがいいと言われました。今日こそはこの問題に決着をつけるぞという勢いで、移民局に行きました。いつもとは違う入り口から入ると、何やらそれらしいポスターが貼ってあります。さて、どの部屋かなと見まわしていると、おじさんが現れて、要件は?これこれと話すと、それならこっちだよと、いつも滞在許可証の申請書類を用意してもらっている事務所に案内されてしまいました。すると今度はおばさんが出てきて要件は?これこれ。するとカウンターの向こうへ行っていろいろ話しています。そして、呼ばれて、どうのこうのと聞かれたり言うので、そういうことはすべて分かっていて、知りたいのは保険に加入していない私たちにAutocertificazioneの義務があるのかどうかということで、その点についてはどうなんですかと問い直すと、ASLに行くのがいいということになりました。なーんだ。結局誰も知らないんだ。どうせ、こんなことだろうと思っていたけど、どうしてこうなるのだろうと考えてしまいました。イタリア人は大体親切で人の役に立ちたいと考えています。でも、そのため、一歩踏み込んだ知識の獲得のための努力まではしないか、またしようとしても情報が得ずらい。それに人の話を最後まで聞かないうちに、自分の思い込みだけで、しゃべり始めるのです。今回初めて「Ascolti」(私の言うことを聞いて下さい)と言ってみました。ということで、自分でネット検索をして調べたところでは、このAutocertificazioneは救急車を呼んだ場合の割増料金などの賦課を所得レベルによって軽重をつけるための情報で、私たちのように未加入者の場合には、義務ではないということのようです。これも新査証での再入国後に手続きしましょう。

(写真はロープウエーの終点からリフトに乗り継ぎ行きついた山頂からの眺め。こんもり遠くに見えるのはスイスとの境のモンテローザか)

[旅行のことなど少々]

日本から9月13日に郵便局から発送した小荷物が到着したようです。配達時不在通知が投函してありました。郵便局のHPから追跡してみると11月7日にミラノの税関に到着したようです。思ったより早いなと、私はてっきり小荷物を受け取れるものと喜んで早速18日受け取りに行きました。しかし、受け取ったのは、通関のための情報が足りないから同封の書類に記入して返送するようにという手紙だけでした。がっかりしました。すぐ返信しましたが、通関にどれだけかかることか。実際に配達された場合、受け取らないでいると私の配達条件と料金では30日間で廃棄されることになっています。したがって、配達日が1月9日から18日の間になった場合は私たちは受け取れず、廃棄になってしまいます。ずっと、ここに居ないと具合が悪いことで予想外のことがいろいろあります。

最後にざっと旅行について。まず、ベネチア着、一日半ベネチア観光、プラートに移動して4日を過ごし、その間プラートでの買い物、ピサ観光、ポッジョ・ア・カイアーノの別荘見物などをしました。その後、北イタリアのマジョーレ湖畔のストレーザで2泊。ミラノ空港へはストレーザから比較的近いところからこんな行程デザインに。私は残念ながらベネチアからの電車の中で風邪をひき、プラートでは寝込んでいました。それでも、ストレーザへは皆に風邪をうつさないようにと注意しながらも同行しました。この季節、きのこの生ポルチーニが出回ります。ピッツァ、パスタ、いろいろな料理によく合います。特に美味しいのが簡素にしょうゆ味で、でもちょっと贅沢にポルチーニの和風ステーキ。このようにポルチーニを使ったいろいろな料理を堪能できるのがこの季節のいいところ。私以外は皆、事故も病気もなく旅程をこなせてよかった。

今日も長くなってしまいました。ではこの辺で。皆さん、ごきげんよう。
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